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ウォーカー(アレックス・コックス監督、エド・ハリス主演、1987頃)

昨夜、ようやく、「ウォーカー」(アレックス・コックス監督、エド・ハリス主演、1987?)を観る。
TSUTAYAレンタルサイトの感想文には、「訳がわからない」というものも多い。途中からどんどんシュールな展開になっていくので、特に若い人にはそう思えるかも知れない。日本で言えば幕末の、ニカラグアの話なのに、主人公を乗せた馬車をでかいアメ車が追い越して行く辺りから、まじめな鑑賞者は「おやっ」と思い始めるのだろう。しかし、この辺から、アメリカ帝国主義(死語か)に対する作者の政治的な感情が露出してくるので、年寄りにはむしろ話が通りやすい。それよりもなによりも、一貫して作者が、主人公ウオーカーと共に、侵略・略奪・征服という男子の持つ禍々しい業の側に立って話を進めて行くことの方に新味というか、驚きがある。それは現代日本ではもはや時代遅れで、抑圧された(昇華されたとは言えない)生命力に属するが、世界の多くの部分では、まだまだそう言う古層の無意識に支配された生き方が、巧妙に利用されているのではないか。

しかし、私が思うのは、リアルとは何かと言うことで、(例えば)ビッグバンをリアルだと感じる感性・方法論と、こういう現実を越えた語り口でしか表現できないもの(現在につながる歴史体験)があるという考え方には共通する大きな覚悟があるのではないか、と言うことである。その覚悟を持てるか否かが、素人と玄人の差なのだ。一線を越えてしまった人が、私の考える玄人である。つまり、それは、逆説的かも知れないが、素人から見たら「おかしい人」でなければならないのだ。

私に言わせれば、現代科学ほどおかしいものはない。しかし、そのおかしさが現実のある側面に強く結びついていて、現代文明を形作っているのは誰も否定できない。

本当は、昨日、久しぶりに夕方7時過ぎに帰宅し、DVDを見た後、何か足りない気持ちになり、例によって、シュタイナーの「100冊のノート」と、「宇宙的人間論」を眺めていて、感じたことを書こうと思ったのだが、うまく書けなかった。シュタイナーの語りは、普通のモノガタリに即していないわけで、しかし、そのようにしか語り得ない現実というものもあると思うのだ。万物、特に動物などの生き物たちの存在が人間と世界の運命に深く関わっているというアイデアには、何かつよく心惹かれるものがあるのだった。

そう言う固いことは抜きにしても、映画好きにはとても面白い映画ではないかと思いますよ。


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  1. 2008/08/31(日) 17:39:38|
  2. DVD・映画|
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夏は短い

今日はやっと静かな休みの日にできた。
6月の末から、曇り空の下、肌寒い位のこの土曜の夕刻まで、要するにこの夏の間、血尿事件、それが終わったと思ったら腰痛と、健康が気になることが続いたが、それも年齢と、生活に余裕のないことの結果ではなかったかと思う。今日は、午前中ダイオードの勉強。午後、その結果一つさとるところがあった。謙虚に勉強することしかない。午睡の後、思いついて、勉強部屋件寝室になってしまった二階の一番大きい部屋の拭き掃除をして、ものを少し整理。昔子供の姿勢矯正用ということで買ったぶら下がり健康器と腹筋台をセットし、自分で使うことにした。この夏は体力的にも時間的にも余裕のない生活で、サックスの練習も不規則になる。先週は気持ちよく吹けた。やはり、ゾンダのリード(テナー用3.5S)が今の自分には良い。試しに習い始めに買った2.5(セルマー)を使ってみると、全くサックスらしい音にならなかった。これからは、ブログなどと気取らずに、小学生に戻ったつもりで日記をつけるのがよいかも知れない。

そして、大好きな夏が終わってしまう。でも、秋も好きなので、これでよいのだ。



  1. 2008/08/23(土) 17:01:33|
  2. 日誌|
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中国のマスゲーム、「パンズラビリンス」、長崎の黙祷

どうもブログの書き方を忘れてしまったらしい。
書きたいことをすべて書いていたら、夜が明けてしまいそうだ。

今日見た映画(DVD)「パンズラビリンス」は面白かった。私の摩滅した感受性にとっても面白かったのだから、本当に面白いのではないだろうか。

予告編が昨年の夏頃に出ていたらしいが、見る機会がなかったのは幸いだった。本編の後で見た予告編では、パンの造形も、地下の怪物もすべて見せているのだった。こういうものは何も知らないで見るから驚きがあってよいのだ。たまに出かける映画館でも、予告編はなるべく目をつむって見ないようにしている。見ていない者は幸いなるかなだ。これからぜひ見て下さい。

昔、「ミツバチのささやき」というスペイン映画(だったと思う)があって、素晴らしかった。ビクトル・エリセ監督だったか。そういうスペイン映画の流れも少し感じさせてくれて、特に話のはじめの方の映像が、秋口らしい傾いた日差しに特有の、乾いた陰りのある明るさを活かしたカメラで、これは素晴らしいぞと思った。音作りも良くて、戦闘場面の弾丸の音が、「プライベートアイアン」で確立された新しい水準をクリアしていた。つまり、立体的な金属音。いったい良い者なのか、悪い者なのか、最後までわからない、パンの造形と様式的な動作がはなはだしく魅力的で、地下の怪物の造形もともかくすごくて、もっと若いときに見たら、限りなく魅了されたかも知れない。

オリンピックの開会式は、今回初めてまともに見た。前回(4年前、アテネだったっけ)、見ておけば良かったと後悔したもので。
そして、日記に書いておくべき感想は、おそらくこういうことだ。
つまり、自分の感じた違和感の源は何かと言うこと。
政治的な意味合いは、この際無視して、純粋に、芸術表現として考えてみたい。

文字通り、個々の人間がデジタルな画素の一画一画を構成するという方法についてである。この表現手法が今回のパフォーマンスの柱を担っていたと思う。そして、それは、ともかく、私には、息苦しく、何か恐ろしい感じがした。これには、なじめない自分の方が本当なのではないかという気もした。反対に、こういう「作品」を観賞したり、参加したりすることに抵抗がなかったり、むしろ喜びを感じたりする人たちが、現代の大半の中国人だったとしたら、それは、少し恐ろしいと思った。少なくとも、それは、表現手法においても、精神においても、21世紀の人間が目指すべきものではないはずだ。恐ろしい先祖返りだ。

今日は一日中、呆けていたが、朝の十一時頃、たまたま、長崎の被爆者追悼式典の生中継で、黙祷を捧げるところにチャンネルが合ってしまったので、私も一緒に黙祷した。強いエネルギーが頭から足の先まで流れ、黙祷終了の時間にはもっと続けていたいと思った。多くの人々が同時に波長を合わせるときには、やはり目に見えない何かが起きるのかも知れない。その後、市長、被爆者代表、福田総理のスピーチがあり、小学生の合唱もあった。結局、夏の昼日中、留守番をしていた私は、家族にはばかることもなくひとり涙を流していたというわけだ。福田さんは、今回初めて、まともにスピーチを聴いたが、被爆者代表の婦人の話や、式典自体の意味に深く心を動かされているらしいことが、テレビの画面からでも感じられ、好感を持ってしまった。昨夜は北京のオリンピック会場で、今朝はもう長崎にいるのだから、総理大臣というのも、なかなか大変だ。


  1. 2008/08/09(土) 23:58:38|
  2. 日誌|
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ネコちゃんの里親募集

しばらくブログをサボってしまったので、かわいこちゃんをご紹介して、勘弁してもらうことにしよう。

キャット1



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ネコ1



longtonelongtone@gmail.comR0011536.jpg



ただいま里親募集中です。
関東圏で、ご希望の方がいらっしゃいましたら、以下の連絡先にメール下さい。
ネコちゃんを大事にして下さる方にお願いします。

longtonelongtone@gmail.com




  1. 2008/08/06(水) 23:11:31|
  2. 自然観察|
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