FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

Fama Fraternitatis (薔薇十字の名声)

朝起きると既に十時前で、食卓の上で、最近復活した焼きサンドイッチ製造装置(大袈裟)が盛んに蒸気を吐いていた。家人がワッフルを焼いていたのだった。珍しいこともある。年末で仕事が一段落したのだろう。それを朝食にし、昨日の続きの年賀状書きをするつもりで北側の寒い書斎に入り、書棚を眺めていると美しい装丁の本があった。手に取ってみると、種村季弘訳の「化学の結婚」(1993年・紀伊國屋書店)だった。何気なく開いたページは「薔薇十字の名声」の一節で、今読んでも生々しい感触がある。最近、読書がヨーロッパの一時代でつながるようだ。

スポンサーサイト

  1. 2007/12/30(日) 11:22:34|
  2. 人智学|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

半世紀生き抜いた怪物

がんばって百年生き抜く計画として、ようやく半周目で、回帰的な感じが出る。岩波・哲学塾「なぜ意識は実在しないのか・永井均」を読みつつ、そう思った。この本は、昼飯に500円のネギ・豚丼を食べながら、先日一度読み終えた。今度は傍線を引きながら読んでみる。講義調だが、実は丁寧に書いてあることがわかる。意外にわかりやすい。永井氏の指摘する孤立した「私秘的な」意識のあり方を認識した上で、その先の、共同な世界を生きている「現実」がなぜ成立しているのかの方が、自分には興味があって、永井氏の言う大きな謎の周囲で立ち止まって考え続けるのは得策ではなく、それほど面白いことでも無いのではないかというのが、私の本音かもしれない。しかし、その謎は謎として一度はきちんと認識してみないと現代人としては始まらないという部分もあると思う。こういう問題は、浪人した頃に読んだ哲学入門書(なぜか培風館の本だった)で親しんだが、その後ご無沙汰していたのだった。半世紀の人生経験を前提とした上で、当時ほどウブではない自分が、初心に立ち返って考えてみること。わかったことは、結局私は愚直な努力の人であって、いつでも初心に帰るのが好きなのだということであり、意外にもそこに既にすべてがあるのだということだった。


  1. 2007/12/28(金) 12:12:43|
  2. 日誌|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

"It might as well be swing"

年末になって、大きい発見が相次ぐ。正月明けに実験を続けて、2月か3月にnatureにでも投稿しよう。若い頃、高橋先生に、「この時代に物質に深く関わることは良いことなんです」と言われ、当時はそんなものかと思ったが、その意味が今の私にはわかる気がしている(注)。自分の人生にとって「物質の変成」というのはやはり大きなテーマなのだろう。少し自信が出てきた。少し胸がどきどきする。「やはり俺は大器晩成型だった」とつぶやいてみる。

今日から冬休みに入る。粗大ゴミを出したりしなければならないが、午前中は景気の良いシナトラ "with Count Basie arranged by Quincy Jones"でもかけて、一人この発見を祝う気分に浸る。

(注)今ほど物質の正体が明らかになった時代は無いが、その含意を解いた人はいない。この胸の中にその解は既にあるような気がするのだが・・。


  1. 2007/12/28(金) 10:22:06|
  2. 日誌|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

雨のち晴れ

クリスマスが近づいたので、バッハ「クリスマス・オラトリオ」(カール・リヒター指揮)聴く。毎年この時期に思い出してかけるけれど、CD三枚組でなかなか最後まで聴き通せない。アメリカの半導体の教科書を読む。

今年は研究の方は過渡的で、新しい装置が今月ようやく形をなしてきて、その傍ら、勉強ばかりしていた。旧い装置は部品の寿命が来て、去年辺りから、あちこち修理が続いた。それもそろそろ一段落するだろう。論文は出たが、新しいものは結局書かなかった。一月にはペンディングのものを書き直して投稿すること。新しい芽は出てきた。

日が沈んで辺りがしんとなり、青い光に包まれたようになる。この時間が昔から一番好きだった。中学生の頃だったと思う、一日のこの特別な時間を意識するようになったのは。


  1. 2007/12/23(日) 16:33:42|
  2. 日誌|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

我が輩はハイデッガーである

昨日の写真にも映っているように、うちのミミは、夜になると、顔つきがハイデッガーに似てくる。もっとうまいものを食わせてやらにゃー。


  1. 2007/12/17(月) 21:02:44|
  2. 日誌|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

魂のディレッタント

岩波「哲学塾・宇宙を哲学する・伊藤邦武」読了。この岩波シリーズは、私のような哲学にあこがれながらまともに勉強したことがない中高年や一部のまじめな青少年をカモにしているようだ。なぜなら、この本を読み始めて、?と思い、本棚を探すと、十年ほど前に出た岩波「新・哲学講義 5コスモロジーの闘争」の原稿そのままなのだった。多少の推敲・増補はあるにせよ。岩波商売にしてやられたが、勉強にはなった。現代の自然哲学というもののフォーカスがどの辺にあるのかということを知ることはできたと思う。欧(米)では、おそらく、ニュートン・ライプニッツに連なる自然哲学としての科学を研究しているという意識の人が未だたくさんいるだろう。日本はどうなのだろうか。文科系・理科系の区別がきつい日本の大学ではそういう意識は育ちにくいし、そんな高邁・悠長なことを言っていると干されそうだ。現状は、生き馬の目を抜くというような感じでないと生き残りにくい。この本ををきっかけに、ヨハネス・ケプラー「宇宙の神秘」(工作舎・1982年刊)なども本棚から出して、ながめた。

テレヴィ信号増幅用のブースタというものが壊れて、買い替えてみたがやはり映らない。これをきっかけにテレヴィを見ない生活に入っても良い。少し寂しいが、勉強する時間が増えて良い。2007年12月初旬までのテレヴィの記憶で凍結されるとすると、ギャグは「オッパッピー」が最後か。情けない? でもそんなの関係ない!
わが輩



  1. 2007/12/15(土) 22:32:45|
  2. 日誌|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:1

歳末はバタフライなのだ

今週から生活リズムが変わり、週末はさすがに疲れが出る。冬の日差しが傾きかけた。これから風呂に入って、昼寝するのだ。

夜の職場でサックスを吹く。学生が驚き呆れ、帰って行った。翌日、「すごい音ですね」と言われたが、どういう意味だろう。その日は確かに、すごい音だったかもしれない。フラジオ(換え指)の上の方で、習ったばかりの音が出るようになる。昨日も夜の職場で吹く。学生は先に帰ってしまったので、少し拍子抜け。聴いている誰かを意識した方が、アドリブは面白くなるようだ。

夕暮れの車の中で、ベン・ウエブスター"Big Ben's Time"を繰り返し聴く。日が沈むと、この音のなまめかしさがはっきりしてきて、胸がどきどきする。以前なら考えられなかった。コルトレーンに代表されるような求道派ジャズが正しいジャズだとおもっていたのだろう。自分で吹くようになると、了見が変わるのか、それとも人間としてのキャパ(器量)が大きくなったのか。ククク。


  1. 2007/12/15(土) 14:47:57|
  2. 日誌|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

成功癖

先週(この日曜の前の一週間)は、仕事の成功が相次ぐ。実験室レヴェルの段階だが、地味な積み重ねが花開き始めた。以前このブログに少し愚痴気味に描写したことがある企業の研究者が、やってくれました! これは展開次第ではノーベル賞も夢ではないデータで、本当は自分自身もっと驚いてもよいはずなのだが、今のところ冷静。心配性なので、論文化しないうちは、安心できない。もう一人の共同研究者との仕事(新装置の始動)も一発で成功。予め、すぐにはうまくいかないつもりで用意しておいたパーツが不要になる。今までの経験を生かした設計がうまくいったことはもちろんだが、S氏から電源の選択などで適切な助言をもらったことも一因だった。共同研究者のO氏の手仕事も実を結んだ。

昨夜は早く寝るつもりが、例によって深夜近くなるとテレヴィが面白く、見入ってしまう。NHK教育「トップランナー (クロースアップマジシャン)前田知洋」。完璧なプロとはこういうものかと感嘆。マジックに、人間自体の持つ弱さ(いつか失敗する!)という特性の表現が組み込まれることで、全く新しい魅力を持つ不思議な世界があらわれる。やはり今の世界(日本)にはすごい人がいるものだ。本当に面白かった。筋肉の鍛錬のために、仕事の傍らバレーを習ったというその発想も、独創的というか、変わっているというか、普通じゃなくてすごい。理科系の人(東京電機大学出身で、もともとはメーカーで技術者として働くつもりだったそうだ)。あくまでも論理的な分析力が魅力的な語りも、マジックの一部として鍛錬されてきたものだろう。

サックスのレッスンは、"(There is )No greater love"の手書き譜面とCDをいただいた。私はこの曲を知らなかったので、車中でCDを繰り返し聴く。自分で吹くとすごく良い曲だ。師匠のアレンジではオクターブ高いところから始まるのだが、高音も出るようになっている現在では、それがむしろ心地よいことを知る。メロディー自体は比較的やさしかった。展開部分はこれからだが、努力すればマスターできると思う。楽しみ。


  1. 2007/12/02(日) 11:47:10|
  2. 日誌|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
11月 « 2007年12月 » 01月
S M T W T F S
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

Search

Profile

idealistk

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。