FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

他者の教育=自己の教育・当て逃げ

昨日の夕方しばらくご無沙汰していたM先生から電話があり、来年からの大学院の講義を頼まれる。今年始めた3年生の必修科目の方で、教えることに面白さを感じ始めたところだったので、タイミングがよかった。3年生の講義と同じ曜日になるようにお願いした。必修科目の方は、教え始めてみると私が考える意味での完璧なストーリーの教科書が内外を含めて存在していないらしいことに気がついて、自分で教科書を書くことを考え始めた。研究の方は、成果が論文とか特許とか、あるいはゆくゆくは何らかの製品にもなって一般の人にも益したりするわけだが、教育の方は、テキストを完成させるのが一つの生産的な行き方だと思う。私大の非常勤というのは、給料が安くて、稼ぎにはならないが、今まで続けられた一番の理由は、おそらく自分の教育になるということで、授業があると自分自身が準備のための勉強をしなければならない。うまく教えられた後は充実感も感じられるし、「興味津々」という学生の顔(輝いている)が思い浮かんでうれしくなる。自分と社会との貴重な接点でもある。一日2コマ出来れば収入の上でも助かるだろう。

同日、車で帰宅の途中、T字路で停止したらドスンと衝撃があり、追突される。後で見ると被害はバンパーが凹んだ程度だった。車から降りると、相手も降りてきたので、「保険の都合もあるので、警察を呼びましょう」と話して、とりあえず自分の車を路肩に寄せた。追突した車もそうすると期待していたわけだが、急発進する音がして、あっと言う間に彼方に消えて行った。追いかけるという発想は全く沸かず、呆然と見送る。言っては悪いが薄汚い格好、長髪で顔は浅黒く、痩せ形の小柄な40前位の男性だった。車は黒の旧型マーチのようだった。ナンバーは見落とす。当て逃げと言うことで、警察に連絡する。事件が立て込んでいると言うことで30分待たされてパトカーが到着した。がっしりした体格のベテランの警察官と新米らしい若者の二人組で、事情を説明する。警官というのは命がけの仕事なので、尊敬の後味が残る。別れ際に敬礼したいくらいだった。幼稚園くらいの頃か、道でお金(10円とか)を拾うと交番に届けたものだった。交番のお巡りさんは、きちんと対応した上で、自分の財布を出して、褒美に同額の硬貨をくれるのだった。幼児期の教育効果は強烈なのか、その後、貧乏な学生時代に、20万円くらいを道で拾い、やはり同じように交番に届けた。程なくして、不便な場所にあったぼろアパートをわざわざ持ち主が訪ねて来て、礼としてその一割を受け取ったなんて言うこともあったっけ。

スポンサーサイト

  1. 2007/11/28(水) 05:47:30|
  2. 日誌|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

元気な病人

連休前に家内が入院し、毎日夕方になると、車で20分ほどの病院まで見舞いに行く。働き過ぎが一番の原因だと思う。この週は、一年ぶりにドイツに行っている旧友から電話があったり、シンクロ的なことが多かった。連休は、散らかっていた南向きの部屋の掃除をして、窓際にベッドと安楽椅子を置き、冬の長く伸びた日差しを浴びながら、昼寝したり、勉強したりしている。超関数の勉強をする準備で、位相の復習と強化。北側の書斎は寒く、燃料費がかかるので、これはよい考えだった。冬らしい日差しがよいので、窓を拭いて楽しむ。

一般読書は相変わらず遅々としているが、中公版「哲学の歴史4・ルネサンス」でマキアヴェッリの項。当時のフィレンツエの軍隊が、元々の市民軍から傭兵部隊に変わっていたこと。戦争も金で雇った軍隊に依頼していたわけか。傭兵隊長というのが、今でいえばベンチャー企業の社長みたいなものだったというのも、おもしろいと思った。儲かって仕方がないという部類もいたとか。戦争ビジネスの走りか。日本も当時は戦国時代で、当時も今も、人間の程度というものは、地球規模では同じように進んでいるらしい。歴史を知らないので、講談社から昔出た「クロニック世界全史」(1994年初版)という分厚い本を参考に読む。この本自体もとても面白い。

今日は、観念して明日の授業の準備をしなければならない。子供の都合で、水泳は少し休止しているのが残念。

仕事の方は、今のところ、自分自身は少し背景に回って、一緒に研究している人たちの努力で進んでいる。年齢もあるが、今は少しわがままに、自分が勉強する時間を確保するようにしている。全体的なプロジェクトとしては着実に進んでいると思う。楽しみなことが多い。

サックスの練習はそういうわけで、滞りがちだが、前々回はアルゼンチン製のリードZondaのおかげか、すごく深い音が出た。昨日は、今ひとつだった。ともかく時間を有効に使いたい。アドリブは、感覚だけではマンネリになるので、早くネタを仕入れたいものだが、いつもの練習(ロングトーン、オーバートーン、スケール、課題曲・・)だけで時間が来てしまう(隣家との約束で夜は九時まで)。


  1. 2007/11/25(日) 14:29:35|
  2. サキソフォン|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

テレヴィを見るな!

テレヴィを見ないで、勉強しよう!朝のBGMは、ヴィバルディ。ロマン派の音楽は聞き入ってしまったりするので。晩秋は、数学と物理のための季節だと思う。神秘哲学(旧い言葉)の深化にふさわしい季節だ。その実体がまだ見えないにせよ! 私の課題は、遠大かもしれないが、あと十年の準備期間の間、さぼらなければ、結実することも不可能ではないと思う。科学と芸術と神秘哲学の出会う場所に、自分の貧しい努力が収束する。こんなことを今時本気で考えている自分は、田舎の高校生(浪人生)みたいだが、精神年齢は19歳で止まったままなのだ。数学と物理はやっと軌道に乗り始めたところ。日々の仕事は、メタ・ケミストリー。大器晩成、自分のペースで行こう。「固有時との対話」などという美しい言葉を吐いた人もいた。


  1. 2007/11/20(火) 06:45:48|
  2. 日誌|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

素晴らしき週末

この土曜は、子供のたっての希望で、温泉に出かけた。日帰りで往復371kmのドライブ。7時過ぎに出発。フランクのオルガン曲集、シューベルト冬の旅(ペーター・シュライヤー)、モーツアルトのシンフォニー40番前後などを繰り返し聴きながら走る。

鬼怒川温泉に着いたのは10時過ぎだったか。しかし、やはり山の中が好い(鬼怒川温泉は谷沿いの温泉街)というので、さらに奥鬼怒まで進む。女夫渕(めおとぶち)温泉到着は12時過ぎだった。晴れた空の下で、湯煙も、湯の質も最高だった。混浴だったので、こどもたちと一緒に入れたのもよかった。翌日の夜になっても体に温泉の匂いが残っていた。今回は前日におにぎりを作って持っていったので、比較的安く上がった。鮭はらみ、高菜、ワサビ茶漬けの三種類で、最高においしかった。お菓子類も前日に西友で買っておいたのだが、ぜいたくな子供らは、休憩中のコンビニで、セブンイレブンでしか売っていない「ジャガビー」を買うのだった。ガソリン代と入浴料で7千円程度、その他もろもろ(帰り途、夕食に宇都宮ギョウザを食べたりして)で1万円以上かかってしまった。家計を考えるとどうかと思うが、吉岡実が子供の頃、いつも貧乏だったが映画には連れていってくれるような親だったと回想していたのを思い出し、不当な出費(?)を正当化してみる。そうそう、大事なことを書き忘れていた。紅葉が、それはそれは見事だったこと。また来年も紅葉(来よう)。奥鬼怒では標高が高いので既に落葉の世界だったが、途中、落葉松の出現する辺りを境として、それ以下の高度では豪華絢爛。

日曜は冬の衣類を買う。黒のぴかぴかするダウンジャケットとウール混紡の襟巻き(ユニクロ)。その後、子供と一緒に何ヶ月ぶりかの洗車。見違えるようになる。軽いダウンジャケットは使えるだろう。子供が選んだので、趣味が若すぎるかもしれないが、ジャズを目指す以上、全然オッケー。むしろおとなしすぎたか。もう少し派手目なデザインのものもあったが。それは次の機会に。

今日は、風邪で休み。モーツアルトなど聴きつつ、勉強することにしよう。


  1. 2007/11/19(月) 10:44:58|
  2. 日誌|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

目の下に隈のある自画像

今週はいろいろと大変だった。しかし、有意義ではあった。ともかく、やって来る何かは、いつも意味を持っており、私に問いかけ、行為を促してくる。同時に、このところ、「形而上的身体エネルギー」とでも言うべきものの作用も強くなり、いわゆるクラウンチャクラから尾骶までの流れを感じる。こういう分野の語彙は怪しく響くにしても、今のところそれ以外に表現の術がない。そういうことで、両者の作用の結果、消耗した。正確には、日曜になって消耗が顕在化した。しかし、それはいやな消耗ではなく、私を丸太のように眠らせてくれる。今日は9時半起床。できる範囲で、掃除と整理。マックの新しいOSをインストールしたり、薄暗い午後に風呂に入ったりした。

空は昏く、晩秋の雨の日曜は、私の好きな雰囲気だ。部屋を掃除すると、あらためて勉強したいことが書物の背表紙から放射されてくるようだ。国立博物館のパンフレットに印刷された菩薩像を見て、エネルギーを感じた。OSのインストールで、疲れのせいか、気がつかないうちに丸ごとハードディスクの内容を消してしまったが、回復するのも面倒なので、そのまま続行。アプリケーションと一年前までのデータのバックアップはあるし、仕事のデータではないので。新OS・Leopardで使うuniversal化したegbridgeでの変換は快適だということがわかる。その他の面でも、全般に操作が軽くなったかもしれない。

そういうことで、サックスの練習をする時間は今日は取れないようだ。残念!

...read more
  1. 2007/11/11(日) 17:13:05|
  2. 日誌|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

ストーブ着火・ジャズタンギング・続忍びの者

ようやく本格的に秋が深まってきたので、昨日初めてストーブをつけると、一年分の埃が燃えているような異臭がして、あわてて窓を開ける。しばらくすると消えたようだ。最近は毎日が充実していると云えば充実している。単純な生活。研究、勉強、サックスの練習、バタフライで泳ぐ、子供の勉強を見る、皿洗い、等々。寝る前(12時前後)は本当に眠気との闘いという感じ。

ペンディングになっている家の中の整理がしたいので、そのうちに休みを取ってと思う。「整理欲」は周期的にやってきて、前回の整理の後、不思議に消えていたのだが、そろそろ必要だと思う。前回の整理で、長い間家の中での冬の寒さしのぎだったちゃんちゃんこ(実際は綿入れだが、家ではちゃんちゃんこと呼んでいた)もぼろくなっていたので、その時の勢いで捨ててしまったが、寒くなってきて後悔する。そこで着古したカーディガンを発見して、着用してみると、着心地が良いので助かる。

私の町(引っ越してきて十数年経って私の町という感じが出てきた)は、辛うじて首都圏の周縁部なので、地方都市の過疎化ということとは無縁だったが、シャッター商店街の問題はある。昨日、夕方買い物に出ると、ショッピングモール兼大型スーパーみたいな場所(イズミ屋)が、出来て何年か経って不思議に定着してきたことを感じた。何となく温かい感じが出てきて、出来たばかりとは明らかに違うのだった。物価は近郊の町に比較してあきらかに安いし、農家のおじさん二人が、すし店に缶ビールを持ち込んで食事していたりするのも、良い感じだった。隣町の西友はこぎれいだが、こういう感じが全く無くて、よそよそしい。場所の雰囲気を変えてしまうのは、利用者のパワーだろう。やはり農家が主体の町と、サラリーマンのベッドタウンとでは、町のオーラが全く違うのかも知れない。

昨夜は市川雷蔵主演「続忍びの者」を観てから寝る。
前作「忍びの者」では、伊藤雄之助の統領が、「忍びは役行者に淵源し仏法の守護者として組織された誇り高い存在である」という意味のことを配下の忍者たちに説く場面から始まる(シナリオがうまい!)のだが、仏敵・織田信長と仏法の守護者としての忍者の闘いという構図は初めて知った。実に面白い。釜茹で(釜炒りと表現されていたようだ)の前の五右衛門は、明らかに殉教者という風格で描かれていたと思う。市川雷蔵はかっこいいし、藤村志保も魅力的だし、やはり昔の日本映画は良い。封切り当時の併映(全くの死語)が「座頭市凶状旅」だというのだから、当時の日本映画はすごかった。

今日も素晴らしい穏やかな秋の日だが、観念して明日の授業の準備に専念。

今はサックスの方はジャズ・タンギングが課題だが、これが難しい。究極のぼけ防止法かも知れない。トランペットのタンギングにも、ハーフタンギングというのはあるのだろうか。ピアノを聞いても、タンギングのことが頭にあると、ジャズピアニストはピアノで歌っているということが分かるようになってきた。ジャズ・プレイヤーは、楽器で歌っているのだ。それが、サックスの場合、タンギングとして現れるに過ぎないのだと言うのが、今の認識。


  1. 2007/11/04(日) 12:29:59|
  2. 日誌|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
10月 « 2007年11月 » 12月
S M T W T F S
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

Search

Profile

idealistk

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。