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出張から帰る

金・土と学会出張。自宅の関東から九州の会場まで、移動時間が長く、その間に勉強するつもりだったが、殆ど寝てしまう。学会自体は低調。私の発表は悪くはなかったと思う。金曜の夜は、S氏がインターネットで見つけたフレンチ・レストランに行く。フランス産赤ワインの安いボトル(2005年ものだったと思う)を一本、S氏が疲れて飲めなかったので、私が殆ど飲んだ。発表のある翌日土曜はどうかと思ったが、全く残らなかった。体調が良いのだろう。食前酒にキールなんて飲んだのは、何年ぶりだろう。5千円で充実したフルコースだった。東京に比べると信じられないくらい安いかもしれない。素材自体(野菜、魚介類、牛)も新鮮で、おいしかった。たまにはこういうささやかな贅沢も許されよう。会場では、学会疲れした大学人が目に付く。学会が多すぎるが、付き合い上、出なければならないという場合が多い(と言うか、ほとんど)。しばらく見ないうちに、知己が皆、目に見えて丸々と太っていた。そう言う年齢なのか。

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  1. 2007/09/30(日) 00:44:50|
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"Harmonia Macrocosmica" by Andreas Cellarius

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ベオグラード(セルビア共和国の首都)の書店で見つけた17世紀(1660)の天文書(ハルモニア・マクロコスミカ)の解説付きの復刻で、縦長大判の豪華本。Taschenの出版物だったので、重い思いをして運ぶよりも、日本からアマゾンで買った方が楽だと気がついて、メモをとっておいた。今日、ついに入手。1万3千円弱だった(日本で岩波辺りから出したとしたら、3-4万はかかりそうですね)。

芸術と宗教と科学が手を携えて一つの美的世界を作り上げることが可能であった、ルネサンス最後の残照(なのだろうと思う)。


  1. 2007/09/27(木) 00:22:53|
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天使とブラス

昨日のよく晴れた昼下がり、昼休みの公園でテナーの練習。先日入手したアルゼンチン製のリードZonda(3.5 MEDIUM)を早速使ってみた。3.0から3.5に変更したせいか、音が出ているという感じではなかったが、2.5から3.0に変えた当初もそうだったので、このまま行く。変えたばかりにしては、良く出た方だったと思う。私は、「馬鹿の一つ覚え」的な性格で(仕事もそうなのだが)、練習では、エリントン・ナンバー"Things aint what they used to be"でアドリブという展開が長く続いている。何度も苦情を言われたことのある公園(ただし苦情の出る時間帯・ポイントではなかったが)でもあるため、何となく気が引けて、はじけた演奏は出来なかったが、終わり近くなって、よちよち歩きの赤ん坊が私めがけて駆けてきた。それに合わせて、「ブヒ・ブヒ・ブヒ・ブヒ・ブヒ↑、プッ。」という感じで終わらせてみたら、「なんでやめたの?(お母さんの通訳による)」と赤ん坊に言われた。「もっとしてよ!(通訳)」とも言われた。それで、結局、赤ん坊三人とその母3人に取り囲まれる格好になり、それではと言うわけで、これも馬鹿の何とやらで、"Left Alone"を吹く。こちらは、長年の伴奏者マル・ウオルドロンが姉のように慕っていたビリー・ホリデイを偲んで書いた曲であって、流石に赤ん坊には受けなかったようだ。しかし、赤ん坊に受けたアドリブはなかなかだ。1歳10ヶ月と言うことで、未だ、人間と言うよりは天使みたいなものである。天使に囲まれて演奏した昼下がり。"泰西名画"の中でも、長いラッパを持った天使が描かれていあることがある。ブラスの響きは天使の好みなのだろう。


  1. 2007/09/26(水) 23:24:30|
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彼岸で歌おう

先週土曜は、詳しく書かなかったが、「エネルギー受信」の日で、安楽椅子(Lazy boy)でジャズを聴きつつ、身体の中心に沿って、胸のチャクラ、脊髄、尾てい骨付近のチャクラなどに強くエネルギーが流れるのを感じていた。勿論、額付近のチャクラの部位からも、大きな流れが入ってくる感じはあっただろう。そのまま、クザーヌスや、亡父のことを考え、それに比べて自分はと言う思いに捉えられてゆく内に、涙が流れ出し、それが嗚咽に変わった。それは、ある意味で、精神(霊)の活元運動みたいな感じもあり、浄化だったのだろう。こういう形でここまで泣いたのは初めてだった。翌日、日曜は、子供を連れて久しぶりに実家に帰り、仏壇に掌を合わせた。

そこで、兄のオーディオがしばらく見ないうちにすごいことになっていて驚いた。Goldmundのパワーアンプが二台導入され、35年前のダイヤトーンのスタジオモニター用スピーカーを生き返らせていた。コルトレーンの"Spiritual"と”朝日のようにさわやかに”(Live at the Village Vanguard)をアナログ(LPレコード)で聴かせてもらったが、一曲が終わった後、全く意識しないで、当時の聴衆と一緒になって拍手してしまったほど、抜群の臨場感と迫力だった。サラリーマン生活35年の集大成との事。電源ケーブルも手製の極太の”コブラ”みたいなものに替えられ、何故か電気工事の技術を持っているので、コンセントやブレーカーもオーディオ向けに改造してあった。スピーカーの後ろには、自作の吸音板が立てられ、スピーカーやアンプの下も、大理石だの何だので強化してあるのだった。スピーカーの上には、Fostexのスーパーツイーター(一番安いものと当人は言っていたが、家庭内外交辞令の疑いあり)が木製の"枕"を介して鎮座していた。音自慢のジャズ喫茶と勝負しても勝てそうな迫力。上記ライブ録音がこんなに良いとは思わなかった。Spritualは、最初は確か坂田明と山下洋輔のグループで聴いたはずだが、やはり名曲だった。余談になるが、この時、夕方で、窓の外を盛んに飛び交うものがある。蝙蝠だった。スピーカーから発生する超音波成分が豊かなせいで、呼び寄せられてしまうらしい。

母は少し痩せたが、その方が心臓や足に負担が無くってよいなどと解釈しておいた。帰りに、子供たちの希望でカラオケに寄る。

私は、「黒の舟歌」、「マリリンモンロー・ノーリターン」(以上、野坂昭如)、「また会う日まで/尾崎きよひこ」、舟木一夫、三田明、「銀河のロマンス/ザ・タイガース」などオヤジ的定番歌曲。

次女は「踊る赤ちゃん人間/大槻ケンジ」、Tomy Heavenly、「ロシアン・ルーレット/布袋寅泰」他。

長女は、「残酷な天使のテーゼ」、「亡國覚醒カタルシス/ALI PROJECT」、ニルバーナの何とか言う曲、「identity/椎名林檎」、「山頂晴れて/平沢進・戸川純」、「くちばしにチェリー/エゴ・ラッピン」等々。(当日も家内は仕事で不参加)。

締め近く、全員で「宇宙戦艦大和」合唱。2時間以上歌いまくった。サックスで腹式呼吸しているせいで、声が出るようになり、しかも、息が続くので、実に面白かった。癖になりそうで注意が必要。確かに翌日、腹筋が少し痛かった。

今日、月曜は、休日にもかかわらず、大学の方針で授業があり、東京まで出る。帰りにお茶の水のクロサワ・ウインズでリードを物色。Zonda(アルゼンチン製)という目新しいものを。3.5(medium)。実売価格で2千円ほど。親切な店員氏の助言もあったが、新しい物好きの血が騒いだので、今回は敢えて、定番とも言えるVandoren(フランス製)をはずしてみた。早速明日試してみたい。ついでに、銀メッキ・ブラス用の液体磨きも買ってみた。


  1. 2007/09/25(火) 00:13:00|
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鶏腿肉と高野豆腐の煮付け

中公版「哲学の歴史」第4巻「ルネサンス」、今日は「クザーヌス」。キリスト教権力の最高中枢にあって、イスラム世界との関係を調和的に築こうとした。最晩年、十字軍派遣に最後まで反対しながら、教皇の命令で(無頼主体の)兵を率いて旅立つが、その途次に病没。私としてはクザーヌスの神秘主義に興味があった(といってもよく知らなくてこれから読む)のだが、まず一種の宗教政治家(こういう言葉があれば)としての偉大な生涯を知ることになった。その後、ライアン・カイザーを聴く。録音がよく、そのまま今日一日が「エネルギー受信」の日になったようだ。昼間は数学の勉強。夕方に風呂と午睡。夜、鶏腿肉と高野豆腐の煮付けを作ってみた。好評なり。乾燥しいたけ(どんこ)、玉葱、長葱、人参、砂糖、塩、醤油、味醂、古酒(1985年)少々使用。全集で伊東静雄の学生時代の手紙を読む。


  1. 2007/09/23(日) 01:08:46|
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酒瓶の口は、タイムトンネル

ほんの少量のアルコールが心の重荷を軽くする。そんな演歌気取りの、オヤジくさい現実。又、私の負けだ。今宵も安バーボンを浴びるように飲んで(注)、よだれを垂らしながら丸太のごとく熟睡するのであった。

(注)10~20ccくらい。ヤクルト一本よりも少ないね。


  1. 2007/09/22(土) 01:19:40|
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サンドイッチの一日

今日は、朝、サックスの練習が出来た。そろそろリードも替え時かも知れない。今度東京に出たら買おう。そのときは、3.5に挑戦か(今は3.0)。今日は前回に比べて断然よい感じだった。少し練習が出来ない日が続いたのだが、休んでいる間に上手くなる場合がある。サックスを吹き始める前はいつも、今日は上手くできるだろうかと少し気がかりな気持ちがあるが、それを振り切って吹き始める。豊かな深い音に身を委ねているのは何とも言えない感覚で、この歳になって開けてきた新しい世界。

夜は、風呂に入ってから、遠隔霊気とレイキをした。朝と夜の聖なる時間の間に、俗世間の中での本来の俗物としての生活が挟まっていて、これで毎日ヘトヘトになる。

朝のサックスの練習の時も、夜のレイキの時間も、自己を滅却する感じ(大げさに言えば)があって、色々な悩みや心配事を忘れているようだ。これがなければ私はもっと悲しい存在かもしれない。今年出た論文のJournalのweb siteからのダウンロードが212になったと出版社が知らせてくれた。これは、励まされるニュースだった。数学の勉強も進む。そう言うことで、今日も、最近習慣になっている寝る前のバーボンのロック割りを少しばかり、たしなんで、おしまい。

(追記)そう言えば、昨日、朝食代わりにセブン・イレブンのハム野菜サンドイッチを食べたところ、すごくおいしく、そんな自分を怪しんだ。しかし、実際、おいしいのかも知れない。素直に認めよう。自分の負けを。


  1. 2007/09/21(金) 00:04:51|
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秋の一日について

今日はバタフライが上手くなった。
子供の日記みたいだけど、ワイルド・ターキーをほんの少しだけ、寝る前にロックで飲んで、今日はおしまい(子供は酒は飲まないか)。

仕事の行き帰りの車のなかで、椎名林檎を聴いて、最近では初めてよかった。冗談と紙一重みたいな大げさなオーケストレーションと昭和歌謡レトロ趣味がかみ合っているようないないようなところが天才的なのだった。リンゴの後、ちょうど40年前、1967年のJ-POPヒット曲集を。石原裕次郎「夜霧ょ今夜もありがとう」のテナーはすごい。いったい誰だろう。日本人テナーマンなら、サブトーン満開で演歌の伴奏が出来なきゃ一人前とは言えないのだ。


  1. 2007/09/19(水) 23:59:31|
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夢が思い出せない

ブログ・タイトルの後に、「よく夢を見るようになりました・・」なんて書いてみたが、実はこの一年近く、不思議なくらい夢らしい夢を見ない。しかし、昨日は、何か透明な夢を見たような気がする。日中、その残滓がちらつくような思いがしきりにして、それでも思い出せないのだった。

仕事場で使う椅子を新調。実験室の椅子が新たに必要になり、今使っているものをそちらに回して、自分用に新しいものをあてがうという算段。だらしなく、ずるずると身体を後方にのけぞらせ、脚を投げ出して仕事をしたり、勉強したりという態度が身についていて、下手をすると来客中にもこうなる場合がある。しかしこの姿勢は腰に悪いかも知れない。そこで、最新式の腰のサポートが自動的に出てくるタイプ(日本製)を選ぶ。メカニズムがそのままデザインに反映していて気に入る。十年使えば元が取れるし、よい仕事をすれば、このささやかな贅沢も許されるということにしよう。


  1. 2007/09/18(火) 23:23:38|
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百風の吹く日

風というものは、その源をたどっていけば太平洋を越えてフィリピンやマラヤまで届きかねない。夜の風の細かい先端にはそう言う匂いがする。何もかも忘れて風の中に裸体をさらしていると、遠い木星紀の自分が、颱風の余波の先端にぶら下がっている。

中央公論新社『哲学の歴史』第四巻「ルネサンス」読む。総論、第一章「ペトラルカ」、第二章「市民的人文主義者」の途中まで。ああ、これは面白い。「哲学の歴史」と言っても、この巻は各章ごとに人物像が具象的に描かれているようなので、「ルネサンス」ってこういうことか、と言う感じが出てくる。例えば、ペトラルカは「古本マニア」の最たるもの(お手本)で、そう言う人がルネサンスの端緒を作ったというのは、すごく面白い。編集的にも力の入った本で、読みやすく、鞄に持って運ぶにも手頃なのが良い。このシリーズは気に入っている。学生時代に買って積ん読のままの、エドガー・ウイント「ルネサンスの異教秘儀」、フランセス・イエイツ「魔術的ルネサンス」等も、この本の後に読んでみたいと思う。

昼間は数学の勉強、庭の掃除。最近のバタフライのせいで、大胸筋が明らかに復活してきたが、肉体の変化が睡眠を必要とする(50歳越えの赤ん坊)らしく、今日はその後、百風の中で昼寝し続けた。


  1. 2007/09/18(火) 00:01:50|
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安倍首相とスピリチュアル

安倍さんという人は、若手政治家として何年か前から目立ってきて、うろ覚えだが、ほんの数年前に「日本も核武装すべき」だと公然と発言したはずだ。日本の政治家も世代交代が進んで、いよいよこういうのが出てくるわけか、と大いに気分を悪くした覚えがあった。そのときの感覚は、「反吐が出る」というようなもので、その後も、この人をテレヴィで見るのが苦痛だった。出来れば(今後も)安倍氏にだけモザイクがかかるような装置を我が家のテレヴィに導入したいくらいであるが、悪夢が実現して、その後数年を経ずして、安倍氏は総理大臣になった。

学生時代、もう25年くらい前だろうか、「アトミックカフェ」というアメリカ製(だったと思う)の記録映画を見た。戦後、旧ソ連とアメリカ合衆国が核開発にしのぎを削る冷戦時代のアメリカ国民と核兵器の関わりを描いたものである。小学校で、先生が生徒に"Duck and hide"(だったと思う)と教える。これは、ソ連からの核攻撃の際にとるべき避難態勢で、要するに、学習机の下に隠れようと言うわけだ。マッカーサーみたいにサングラスをかけた恰幅の良い将軍たち(?)が、デッキチェアに座って、砂漠の核実験を見学している。爆発の瞬間、もちろん強烈な爆風が彼らを襲うわけだが、彼らは実験成功を喜び合う。そんな光景もあった。無知ほど恐ろしいものはない。彼らはその後、白血病や原爆症に苦しみ、もっと長く生きられたはずの人生を終えたことだろう。繰り返すが、無知ほど怖いものはない。その意味で、教育ほど、大事なものはない。その教育法で、必要な議論も行わず、多数をいいことに強行採決した張本人が、安倍首相だった。

自民と公明が過半数を占め、安倍氏が首相になった段階で、こういう反吐の出るような合法的暴力は決まってしまったようなものだろう。教育法(愛国心の強制って何だ?)は勿論序の口であって、本丸は憲法「改正」(注)であり、安倍氏はいよいよ意欲を燃やした。それが、とりあえずかも知れないが、今回の辞任で頓挫したのは何よりだった。

安倍氏・小泉氏などの新世代の保守系政治家の軍事問題におけるアメリカに対する恥ずかしいくらいの追従ぶりは、どう考えるべきなのか。正直なところ、私には理解することが出来ないが、そろそろ本題に入ろう。

昨年の八月、京都・鞍馬山で、絶対平和主義の主張に触れて、身体が震えるくらい感動したことはこのブログにも書いた。それが、スピリチュアルの本来の立場だと思う。一方、勝手に、誰に頼まれたわけでもないのに、世界に対する責任を感じ、学び、行動するのが、私のイメージする「知識人」だった。先日真夜中にNHK・BSで、小田実の追悼番組があって、小田の独特な存在感がビシビシ伝わってきたが、やっぱり偉物だったなあ、とあらためて思った。今の日本では、こういう意味での知識人で、かつスピリチュアルな基盤を持つという人が、どこにいるのか、よく知らないのだが、そう多くはなさそうな気がする。私がシュタイナーを尊敬するのは、勿論、別格のスケールの大きさはもちろんだが、今言った意味での、世界に対する責任感をもつ真の意味での知識人だったからだ。小泉・安倍政権の下で、どれだけの生活者・若者たちが窮地に追い込まれていることだろうか。中国との経済的な競争に耐える(勝つより耐え続ける方が大事)には、会社を強くするのではなく、社会を健康なものにすることではないか。ホームレスのいない社会に戻すところまでは行って欲しい。テレヴィで消費者金融という名の高利貸し(注2)の宣伝がのさばる日本(小泉政権の成果の一つ)は本当に恥ずかしい社会で、「美しい日本」って何だったんだ?

(注)これも言葉の忌まわしいトリックで、何でもかんでも「テロ」のひとことでくくってしまうのと同じやり方だ。

(注2)本日の死語。だが、こういう物事の本質を言い当てた正直な言葉こそ復活・蘇生したい。


  1. 2007/09/16(日) 10:49:24|
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偽自動巻時計の一日

昼飯は職場の食堂で、ビフテキ。

陳列ケースの前で、いつものように悩んだ末、「よし、ビフテキにしよう!」と決断したら、それを聞いていた技術課のGさんに、「Kさんは私よりも年下だよねえ、ビフテキなんて、母親が言うのを聞いただけだなあ」と言われる。子供に言われるのは分かるが、同年代の同僚にまで言われるとは。確かに最近では、ビフテキと言う人はいないようで、ステーキというのが普通だ。

そう言う「死語の生活」にも興味があって、子供の頃よく聞いたり読んだりした非日常的なフレーズ(子供心にも残ったおかしな・しかし妙に惹かれるもの言い)を是非復活・蘇生したいと考えた。「みそ汁で顔を洗って出直してきやがれ!」とか、「矢でも鉄砲でも持ってこい!」とか、時代劇だと、「おそれ入谷の鬼子母神」とか、「その手は桑名の焼き蛤」とか。「・・・」とか、「---」とか。くだらないのでは、食後の「うまかった。牛負けた」とか。これは恥ずかしいことに他界した父のセリフ。おそらく戦前から伝わるオヤジギャグの貴重な例。ああ、深夜近い今は何故か思い出せない。昼間はこの考えにとりつかれていて、その他にも思い出した気がしていたのだが。今度思い出したら、ブログに書くことにしよう。

ちなみに、600円のステーキ定食はおいしく、がつがつと、欠食児童(今日の死語その2)の如く平らげた。肉がうまい。旨すぎる。バタフライの成果で、「肉食獣の回路」も開かれたのだろうか。

新しい実験のために細々とした物品を手配し、問題の企業との共同研究に関しては「これじゃダメだ、安易すぎる」とメールを書き、数学の勉強(今日は問題を解いた)をして、夕方、水泳(バタフライ)。朝のサックスの練習も。今日は指の練習に力を入れた。


  1. 2007/09/14(金) 23:54:24|
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感じちゃう五十代

夕方早めに帰宅。電気洗濯機の修理の人が来るのだ。修理の間、テレヴィで「よい子」の濱口の離島生活と言うのをみていたら、「涙そうそう」がBGMで流れた。初めて聞くわけではないのだが、なぜか胸の中心部が熱く、泣けてくる感じ。なんて良い曲なんだろう、サックスで吹いてみたい、と思う。

その後も、修理は延々と続いて、九時過ぎまでかかる。漏電が数カ所あったために、安全装置が働いて、洗濯機が動かなくなっていたそうだ。サーミスターと基板二枚を交換。材料費は取らないそうで、人件費のみの負担ということで、一万円程だった。保証期間はとっくに過ぎていたが、「製造者責任」関係で、そういうことになったのかも知れない。夜遅くまで奮闘してくれた技術の人に感謝した。久しぶりに全自動洗濯機で競泳水着など洗う。LEDの光がデコラティブに明滅する電子機械が正常に作動する姿は美しい。

その後、遅い晩飯を食べながら、「山女壁女」を見ていると、婚礼の席になり、津軽三味線と民謡(教養が無くて、なんて言う曲かわからない)が酒席を盛り上げるという展開になった。その部分はもちろんプロの人が演奏しているのだろうが、これもすごく胸に迫ってきて、そんな自分自身に驚いた。津軽三味線も、日本民謡(とした言えない悲しさ)も、完璧に独特で、強烈な力があり、圧倒される思いがした。

サックスの音に自分の心身を同化させる練習をしている効果は、自分が考えるよりもずっと深いものであって、未知の音楽的な感受性の回路が開かれてきたのかも知れない。


  1. 2007/09/14(金) 00:22:17|
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音が抜けること

今朝も一時間ほど練習する。
最近は、スケール(音階)の大切さが分かってきた。指の練習としても、スケール練習は私のレヴェルだとすこぶる効果がある。

オーバートーンは一番難しい。十分な時間があれば、色々と研究して、もっと上の音も出せるかも知れないと思うものの、限られた練習時間の中では、出なくても諦めざるを得ないので、残された課題。

「課題曲」の"Blue Vossa"は、レッスンを受け始めてから比較的早いうちに楽譜をいただいたが、初めの頃は、変奏部分を含めた全曲を吹くこと自体が体力的に無理で、間に休憩が必要なくらいだった。つまり、音が出ないのだ。音を出すために「力」が必要だった。しかし、今日は、今までで一番楽にこの曲を吹き通すことが出来た。つまり、音がすごく楽に出るようになってきたのである。リードも良かったには違いないが、演奏しながら、音色を考える余裕もあった。こういうときは、近場の「ヤマハ音楽教室」に通ったりしないで良かったとつくづく思う(注)。最初からF師匠の指南を受けることが出来たのは、わがサックス・ライフに於ける最大の幸運事かも知れない。ちなみに、Blue Vossaは、この間の日曜のバナナ・パフェの喫茶店で、女性ボーカル(アストラッド・ジルベルト?)では初めて聞いた。ボサノバだったのか、と考えてみれば当たり前のことに感心したり。しかし、練習している楽譜の譜面はジャズくさいアレンジです。以前、レッスンの帰りに、池袋駅構内のカレー屋で遅い晩飯をとっていたら、有線か、やはりBlue vossaが流れてきて、ささやかな偶然に喜んだこともあった。

今はスケール練習がそのまま指の練習になっていて、その成果が端的に出てきた。以前は難しくて譜面を追うだけだった曲が、指が動いて段々音楽らしく吹けるようになってきて、とても楽しい。一時はいつまでたってもうまくならないので、練習がつまらないときもあったが、諦めなければ活路が見いだせるようだ。アドリブは、コードを研究する時間がないため、ブルース・スケール一本槍だが、アドリブでこそ思い切った吹奏が出来る感じがある。自分がイメージする(愛する)テナーの音を出せるのは、今の所、たとえ数秒間でも、アドリブの他にないと思う。昔からくり返し聞いてきたジャズのCDにも、ピアニストがアイデアが出ないで苦心している様が見えたりするようになってきた。

(注)「スイング・ガールズ」の竹中直人(ジャズマニアの数学教師)みたいな目に遭わずに済みました。


  1. 2007/09/11(火) 23:11:05|
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言わん・デニソヴィッチの一日

時間が欲しいと言いながら、いざ時間が出来てみると、難しい問題に面壁して、達磨さんのようには座り続けることが出来ないので、だましだまし・さだまさし勉強する。それでも、今日は進んだ方だった。少しずつ、寝る時間を早いほうにずらして、起きる時間を早め、サックスの練習時間も早い時間帯にずらせば、午前中の勉強時間も増えるだろう。どうしても避けられない細々した応対を間に挟みつつも、本質的なことが進められればよい。

仕事は、雑用が済んで、ほっとしたと思ったが、明日が締め切りの査読論文が一件あったことに気がつく。何とか、これもだましだまし・さだまさし仕上げよう。ここ数年は、結構困難な状況の中で、良い論文を仕上げてきた。我ながら良くやったと思う。今かかるべき論文としては、雑用が一段落して、懸案の書き直しが一件。これは、双六で振り出しに戻ったみたいな感じもあり、なかなか意欲がわかない。しかし、読み直し始めてみると、出すべき論文には違いない。今の意欲は、ある種の数学的な枠組みを自分の中に確立することに集中しているが、これはあくまでも勉強の段階で、即成果に結びつく話ではないので、論文の作業にもぼちぼち、だましだまし・さだまし取りかかること。



  1. 2007/09/10(月) 23:20:20|
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二千年前の生活水準

NHK・BS2で「世界遺産ベスト30」を見ていると、やはり世界(人類の歴史・文化)は書物の中だけでなく、実際に触れてみなけりゃ意味ないよという痛烈な感覚に襲われる。老後こそ、貧乏旅行で、世界を遍歴してみると良いかも知れない。「ポンペイ」のNHKによる映像が数秒出て、アンケートでポンペイを推した国立西洋美術館の館長(考古学専攻)のコメントとともに紹介された。2千年前の人間生活に、もちろん近代科学の影響は皆無で、その世界観・人間観は、現代の唯物論的なものとは全く異なっていたわけだが、噴火した火山灰の中に温存され・復元されたその生活の細部は、非常に豊かな・美的とも言える生活レヴェルを示唆していて、あらためて驚かされた。

当たり前のことだが、世界観・人間観は、何も現在のものが一番進んでいるというわけでは無い。自分が生きている今、人々が根拠もなく(!)信じているものを疑う自由(そのヴェクトルの向きは?)を行使すれば、自分自身が広大な時空間の探求者になることが出来る。今すぐに。

ちなみにこの番組の世界遺産ランキング第一位は『マチュピチュ』で、ウイーン行きの飛行機でお隣になった世界旅行者inomotoさんのブログでも紹介されています。


  1. 2007/09/09(日) 11:23:53|
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タイフーン009・バタフライはフリーなのじゃ

日記をさぼっていたので、木曜のことから。
屋根より高く伸びた白樺が、今年の夏の暑さのせいか、枯れてしまい、これが倒れたらお隣に迷惑をかけるかも知れないし、何とかしなければと思いつつも何もしないでいたところ、台風九号の強風で夜の間に完全に倒れてしまった。家族によれば、この夜は風がうるさくて寝られなかったそうだが、私はいつも耳栓をして寝ているので、全く知らなかった。この朝、台風の中心は既に東北方面に移りつつあったが、未だ雨と風が強い。しかし、大振りの枝が完全に隣家の敷地に入っていたので、苦情を言われる前にと思い、びしょ濡れになりつつも、のこぎりで白樺の倒木の切断作業を行う。何しろ、いくつかに分解しないと、重たくて動かない。小一時間がんばって、作業終了。裏庭に白樺の丸太が並んだ様は、少し不思議な感じ。作業後の朝風呂に幸福感があった。

最近、水泳の習慣が復活して、体力的にもその効果が出てきているのは確かで、肉体労働が妙に楽しいかも知れない。少なくとも、必要な行動に対して腰が軽くなったようだ。実験用の電源は、大きな変圧器が入っていて重いものなのだが、金曜も、それを両手にぶら下げて、実験室AからBまで結構な距離を横断した。少し前だったら、やらなかっただろう。水泳は、クロールでゆっくり連続的に、プールの休憩時間に合わせて、25分~45分ほど泳ぐのが習慣だが、これはそれほど面白い作業ではない。先週、その有酸素的水泳を終えた後に、衝動的に、バタフライをやってみた。これは面白かった。これからは、有酸素的水泳の後に、バタフライを練習することにする。使う筋肉も違うので、いつもは痛くならない筋肉が軽く疲労したりするのも良い感じ。

今日は、水泳をした後、子供よりも先にプールを上がって、喫茶店で勉強した。懸案のバナナパフェを注文。見かけは立派だが、味はいまいち。私には、クリームあんみつの方が合っていると思う。クリームあんみつが出て、しかもコーヒーもおいしい喫茶店が体育館のそばにあればよいのだが。前回もらったコーヒー券でコーヒー一杯が只だったのは大きい。

その後、靴下を買いにユニクロに行く。子供がジーンズも新調した方が良いというので、子供に手伝ってもらって選ぶ。今持っているものは、すべてとても古く、しかも、サイズがすでに大きすぎる(10キログラムやせたので)。自分一人では絶対買わないような、少しきつめに感じるものを一本購入。裾揚げも、しないのが今様(cool)だというお店の売り子のお姉さんと子供の意見に従い、しなかった。体格も変わってきたし、そう言うのも良いかも知れない。さらに調子に乗って、スーパーで買い物をしたついでに、ケンタッキー・バーボン"Wild Turkey"も買ってしまった。ジャズを学ぶものが芋焼酎じゃまずいということで。しかし、今日冷蔵庫の氷でロックにした限りでは、最近飲んでいる"Four Roses"との違いが分からない。
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  1. 2007/09/09(日) 01:20:23|
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脳内復旧工事完了か?

今週になって、ようやく勉強する時間が出来てきて、待ち時間のソファ、電車の中なども含め、ダマシダマシ、懸案の問題に関して、数学の教科書を読む。今日、ようやく、頭が動いた実感があった。つまり、「分かった!」が出てきた。実験も軌道に乗ってきた。サックスの方は、颱風の雨の中で、公園の東屋で練習していたら、管理人がやってきて「近所の人から苦情が出ているので止めてください」と言われ、即時撤収。東屋の位置では、公園隣のマンションが近いので、まずいらしい。広い公園なので、別の場所では平日の昼間は苦情を言われないようだ。楽器練習は、なかなかに苦労するが、何事も試練に負けずにがんばらねば。

昨日は学会で本郷の東大に行った。発表前に蕎麦屋「巴屋」(だったと思う)で腹ごしらえした。頼んだ天せいろは見かけは貧相でがっかりしたが、食べるとうまかった。エビが小さめだが新鮮でプルプリしていて、揚げ方もごま油で東京風。少し肌寒いくらいに感じたが、つゆが温かいのも、それを考慮してのことか。やるな、という感じだ。勘定をすませていると、「お急ぎですか」と聞かれたので、「え?」と聞き返したら、雨がひどいので、良かったら少し小降りにになるまでお茶でも飲んでいてはいかがですかと言う。この店の前は学生時代に何回通り過ぎたか分からないが、実は入ったのは初めてだった。粋なご厚意に甘えて、しばらく夕刊など読んでいると、確かに小降りになってきたので、礼を言って店を出た。今時こんな店もある。


  1. 2007/09/07(金) 00:14:02|
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達人 vs. 人面人の話

一昨日は、昼飯時に来客があったせいで、いつもの職場の食堂で安い食事を済ます機会を逃し、かつ、サックスの練習も時間的に無理な状態だったので、最近気に入っている無国籍風料理の食堂に一人で入る。しかし、ドアを開けて入ったときから何となく、給仕のおばさんがよそよそしいような気がした。その店では、中国茶のサービスが急須単位で出るのも気に入っていたのだが、最初に一杯振る舞われたら、「あら、冷えていますね、熱いのををお持ちしましょう」と言われ、その後、急須無しの状態が続いたのだった。結局そのまま、中国茶のサービスは無く、かなり遅れて出されたデザートを食べるときには、茶のサービスはもはや諦めていた。そう言う気持ちもあって、いつもはおいしいデザートも、何だか味気なく、そそくさと店を出た。観察したのだが、他の客は全員漏れなく茶のサービスにあずかっていたのである。デザートを出したときにも、茶がないことに明らかに気づくのではないだろうか。わざと私にだけ茶を出さなかったのではないか、という小心な疑いが気分を塞いだ。勿論、忙しさにかまけて、忘れた可能性もある。しかし、精算時のおばさんの深々とした一礼が、かえって、気になるのだった。少し不自然ではないだろうか。

要するに、おばさんが私を何らかの理由で疎ましく思って、差別したのでは無いかと、気になり、かつ、悲しい気分になってしまう。実はおばさんは「心理戦の達人」であって、その短くはない実人生の中で出会ってきた幾多の敵を、このような手の込んだ手段で心理的に追い詰め、廃人同様にしてきたのかも知れない。などと、妄想をふくらませて、楽しんでみた。「いじめ」は(宮内庁をはじめとして?)「美しい日本」の風土の一部であって、もはやまじめに論じる対象ではないのかも知れないが、いじめの本質には、きっと、このような、「自分がいじめられているのかどうかもよく分からない状態に相手を追い詰める」という高等戦術があって、それこそが最高の効果をもたらすのだろう。

そんな気分を紛らわせたい気持ちもあって、用もないのに、大学の丸善に行って立ち読みをしたりして、ずいぶん時間を無駄にしてしまった。

私は子供の頃、いわゆるいじめにあったことが無くて、本当のいじめのいやらしさを知らなかった。大人になって、職場では、既に過去の話だが、そう言う体質の上司がいて、いじめているのかいないのか分からないようにいじめられたようだが、その当時は鈍感で気がつかなかった(^_^;)。

そう言う人間が、50を過ぎて、何とはなしに、いじめとはこういうものかと、体験したのかも知れない。実際に苦しんでいる人の苦しみは、私などに分かるものではないが、こんな些細な体験でも、繰り返されれば、大きな苦痛になる。

昨年アメリカに出張したとき、空港そばのホテルに隣接するレストランでの出来事であった。夕食時、中年の黒人が抗議している場面に出くわしたのだ。彼は、殆ど客らしい客もいないその店で、ウエイターに15分も無視され続けたのだった。それはどんなに苦痛だったことだろう。彼が入り口のカウンター席で、長い間待っているにも関わらず、誰も取り次ぎに出てこなかったその場面で、ちょうど私が店に入って、彼の愚痴を聞く立場になった。すると間もなくウエイターが出てきた。彼は、その若い白人のウエイターに店長を出せと行った。ウエイターは奥に引っ込んで、数人の同僚たちと相談しているようだ。出てきた店長らしき人物に、その中年の黒人はあくまでも冷静に抗議して、店を出てしまった。

最近DVDで観た「ドリーム・ガールズ」でも、公民権運動とか、キング牧師のことが背景として触れられたりしていたけれど、黒人音楽としてのジャズという側面を考えても、こういう、ささやかでも、歴史的気普遍性のある感情体験は、ジャズを学ぶ小生にとっては、大事な経験なのだ。それが音楽に昇華され、アドリブ・フレーズに陰影を与える。そう言うことなのだ(と優等生風にまとめてみた)。

(後記)
誇大妄想、針小棒大。でも、最後に書きかたかった所にたどり着けたか。


  1. 2007/09/04(火) 23:04:47|
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人面演奏家・初めて人前でアドリブ

もちろん私は人間なので、人面人であって、そう言う意味では人面魚とか人面犬と同値類なのだった。そこで、昼休みに、初めて人前でアドリブ演奏した。アドリブだけは、恥ずかしくて、峠の我が家の裏手に位置する人気のない公園で一人練習してきたのだが、今日は、訳あって練習時間が昼休みになってしまい、職場のそばの公園で、ロングトーン、オーバートーン、スケールの順に、進めていったのであった。リードが良かったらしく、練習でも恥ずかしくない音と指さばきが出来た。昼休み終了時間も迫ってきたので、ブルース・スケールを出した後、エリントンの"Things aint what they used to be"を吹く。なんて良い音なんだろ。なんて気持ち良いんだろ。メロディーを2回やった後、無人公園で練習する時の習慣に従って、アドリブに突入した。練習の成果が出て(これも練習だったが)破綻無く、泣きも入りつつ、フリー・フィーリングも充溢する、今までで最優秀なアドリブが出て、最後の締めも決まった。昨年暮れにサックスを初めてから、少し自信が出た瞬間だった。家に帰ってから、教則本を読んでみると、自分なりにコードに合わせたアドリブを少しずつ作っていけそうな感じがしてくる。F師匠にもらったII-V進行のアドリブ(枯葉)も、コードネームの意味も急にはっきりしたりして、やれそうな気がしてきた。今日は仕事も雑用が片付いたので、気持ちが解放されて、それが音にも反映したのかも知れない。

・・・・・。

以上、安物のバーボン"Four roses"で気持ち良くなった酔っぱらいが書く。明日早く起きられるように、もう寝ます。ちなみに、レイキを習うと、アルコールの回りが早くなるそうで、全くその通りです。経済的でよい。未だ、コップの上の方がほんの少し減っただけなのに。


  1. 2007/09/03(月) 23:30:56|
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プララヤ テレビ漬け テレビ・マンセイ

昨日は食後、塚地版「裸の大将」を途中からだったがついつい見てしまう。萬田久子と水川あさみの母娘再開シーンで泣く。私の涙腺の閾値(ゆるむレヴェル)は低い。子供の頃、テレビを観て泣く母が、よく父親にからかわれていたが、五十を過ぎて私も母と同じタイプになってしまった。その後も、女子走り幅跳びの池田さん(?)のドキュメンタリーで、これもついつい見てしまう。結局、12時過ぎになってしまい、くたくただったが、最後の気力をふりしぼる感じで、遠隔霊気してから寝る。いつものことだが、深夜近くのドキュメンタリー番組が妙に面白いのが困る。しかし、これからは、出来るだけ早く寝ることにしたい。

今は、NHK日曜美術館で「衝撃の肖像画▽ドナルド・キーンが渡辺崋山を語る」を観る。ドナルドキーン氏の語りで崋山のことを知ることが出来たのはラッキーだった。なんだか勇気づけられる。崋山がすごく身近な存在に感じられた。その後、同番組中で、一瞬だったが、ディアギレフのロシアバレーのカラービデオが放送されて、それがすごく魅力的だった。そのビデオを観たいと思った。茨城県近代美術館の「水のかたち展」というのも紹介されていたが、これも観たくなってしまった。

今日もいろいろとやるべきことが多いので、がんばろう。と言う結論。


  1. 2007/09/02(日) 10:05:25|
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プララヤ 休憩

昨日、懸案の予算申請書類を提出できた。しかし、早速メールが届いて、手直しが必要なので、元の電子ファイルを送れとのこと。なかなか開放されない。

最近何度か会っている共同研究先の会社の人は、どこか取りつくシマが無く、会うのが憂鬱だった。仕事自体が接点になる訳だが、そこに共感とか情熱が全く感じられない。そう言うことは言外ににじみ出てくるもので、隠しようがない。上司から訳のわからない仕事を押し付けられ、会社の命令と私の間でどうしていいかわからないという気分が顔に出ている。実際的な能力も乏しい人なのだった。仕事の仕方が安易すぎる。学生実験としても認められないレヴェルなのだった。

一緒に歩いていて気がついたのだが、どこか歩き方が変だった。ひょこひょこと、まるで、宙に浮かんでいるような歩き方なのだ。まさに地に足がついていない感じだ。なんだか可哀想な気持ちにもなるが、こちらに要求する前に会社側で約束したことを実行してくれなくてはスケジュールは達成できないと話す。スケジュール自体が、われわれの方では無理だと言うのを、会社側に繰り返しごり押しされた結果、常識的には無理な設定で妥協してしまったもの。会社にも色々あって、もっと悠長な仕事の仕方のところも多いが、今回の会社はシビアで、研究と言うものがわかっていないということが付き合ってみて良くわかった。世界的超優良企業の子会社だ。

そんなことを言っている自分はどうか。なすべきことを終わらせて、早く自由になるべきなのだが、心理的に不自由な境遇にいると、逆にテレビをぼーっと見ていたり、ブログを読んでいたりと言う生産性の低い時間が長い。疲れているのは確かだ。本格的な休憩が欲しい。一週間でいいから、自分のためだけに使える時間が出来れば等と考える。今は仕事をしているつもりだが、こうなると、実際は、半分休憩しているようなものだ。色々と締め切りやスケジュールが残っているので、しばらくはがんばらねば。とは思うものの、やはり、身体の半分は勝手に休憩に入っているようにも思う。


  1. 2007/09/01(土) 11:43:17|
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