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シネマディクト氏の快挙

映画研究者シネマディクト氏の新作が発表された。
夕方、ポストの中に、作品社から送られてきた本を見つける。
私に本を送ってくれる人など、シネマ君位しか思い当たらない。
厚紙の封筒を開封すると、分厚い、赤と黒を基調にしたこの上なく立派な装丁の本が出てきた。大きくシネマディクト氏の名前が印刷され、帯には、蓮實シネ彦(じゃなくて)、重彦が手放しで絶賛する推薦の文章。背筋がぞくぞくしてくる。すごい!凄いじゃないですか。生きているということは素晴らしい!
若いときから、本当に良い文章を書く男だとは思っていたが、ある意味一貫したその語り口には、やはり、天性の感覚が有るのだと思う。もちろん、未だ、イントロを読み始めたに過ぎないが、内容的には、NHKがハリウッドに取材に出かけてドキュメンタリー番組が作れるような、極めて魅力的かつ意義のある題材である。将来は「ちくま文庫」あたりに入るかも知れない。シネマ君は、確実に後世に残る本を書いた。私はそう直観した。実入りのある仕事も増えて、今後、益々、存在感を増し、映画といえば、シネマ君という時代が、意外に近いところまで来ているのかも知れない。そのような、浮ついたことを抜きにしても、他人事とは思えぬ、うれしい快挙に、拍手喝采である。

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  1. 2006/06/27(火) 22:46:59|
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三省堂のワナに落ちることー武満徹・本



先日、心うつろなまま、神保町「三省堂」の4階(だったはず)に行く。先週買い逃した「辻惟雄・日本美術の歴史」を買うのが目的だったのだが・・・。心がうつろなときに、このように戦略的に本を積んでおく売り場に立ち寄る私は、深夜、誘蛾灯に吸い寄せられる蛾、あるいは、オツベルの口車に乗せられるゾウのようなもので、疑いを知らぬ幼児のような心理状態にあったとしか、言い様がない。気がつくと、武満本四冊(+日本美術の歴史)を手にして、若い店員の笑顔に送られているのであった。電車の中でも、家でも、吸い寄せられるように読む。ほかの仕事が手に付かない。ともかく、天才というのはいるものだ。人間の世界に降りてきてはいるものの、本当にこの人は人間なのかと思ってしまう。この衝動買いには、伏線があって、最近の日曜美術館(NHK教育テレビ)の回顧フィルムで、武満徹が何か話しているのを見て、強い印象を受けていたのであった。ともかく、映像から伝わってくる人間性からだけでも、名状すべからざる何かを感じてしまった。

考えてみると、武満に限らず、私の青少年時代に存命であった「文化英雄」たちは、今では全く見あたらなくなっってしまったような人間的な魅力を放射する、世界的な才能と人間性の持ち主たちだったようだ。しかし、彼らが担った文化は既に没落したように見える。現在は、新しい文化にとってのincubationt time (抱卵期)であって、当面は苦しい・不毛な時代が続くのだろう。 武満徹の音楽と感性は、戦後日本の没落期の文化が産み落としていった、未来への魔法の卵だったにちがいない。


  1. 2006/06/22(木) 00:20:20|
  2. 読書|
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変化を感じること ー オーケストラの夢

変化を感じたり、変化を受け入れたり、あるいは変化に立ち向かったりと、さまざまなわけだが、ともかく、繰返しの日常を信じてひたすら邁進(まいしん)すれば良い、という訳には行かなくなってきた。本当は、既にずっと以前からそうなっていたのに、自分でそれを受け入れようとしていなかったのだろう。変化を受け入れると、少し、気持ちが楽になるかも知れない。

問題は、常に、向こうからやってくる(ように見える)。

与えられる問題は、全く人それぞれであって、自分に与えられた問題に、どのような時代の要請が加わっているのかを、意識できなければならない。怖がらずに、目を見開いて、それと正面から向き合わなければならないと思う。

しかし、それはそれとして、自分本来の問題も一方にあるわけで、困難の中でも、めげずに追求して行こうと思う。

話は変わって、今朝、二度寝して、変な夢を見た。
私の場合、夢を夢だと思わないで、夢の中でも、全く日常と変わらずに必死になってしまうのが、常である。

今回は、なぜか、オーケストラの指揮をしている。
それも、客席の中からである。楽章の変わり目に、パソコンの画面を切り替えようとするのだが、うまくいかない。なぜか、パソコンの画面を見ながら指揮をしているのだ。切り替えがうまくいかなくて、まごまごしているうちに時間が経ってしまい、お客さんに向かって、これもなぜか、下手な英語で、ごめんなさい、少し待って下さい。等といっていると、オーケストラの方が、もう、楽想が途絶えてしまったからなのか、演奏会は中止だ、と言ってくる。
がっくりして、帰り支度をしていると、ファンの女の子らしき人たち(そんな人が出てくるのがうれしいが、美人とかではない)が現れて、慰めてくれたのか、何か好意的な事を言ってくれたようだった。

昨日のニュースで、チャイコフスキーの未完成の交響曲を現代の作曲家が完成し、それを日本人の女性指揮者が演奏したというニュースを見ていたことが、強く印象に残っていたので、それが、こんな風に自分の屈折した何かと結びついたのだろうか。以前海外の学会発表で、パソコン(マック)がPCプロジェクターでうまく動作しなかった経験も入っているようだ。きっと、この夢のポイントは、慰めの言葉であると思う。最近は、声の夢が多く、そこにメッセージ性を感じている。

変化にうまく対応できないでいる自分を自覚させてくれた夢だったようだ。


  1. 2006/06/04(日) 13:05:13|
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