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イエズス会に捕らえられ、ガレー船で足枷刑に処せられる

小学校にも上がる以前に、時代劇で刷り込まれた「この、キリシタンバテレンの妖術使いめ!」という魅惑的なイメージから逃れることが出来ないらしく、私にとってのイエズス会には怪しくも懐かしい「悪の残り香」がまとわりついていて、「薔薇十字の覚醒」を読んでいても、そのような偏見を補強するような記述(今回のタイトル)が出てくると、何となくうれしい。変態か!

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  1. 2008/02/11(月) 10:30:49|
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"Harmonia Macrocosmica" by Andreas Cellarius

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ベオグラード(セルビア共和国の首都)の書店で見つけた17世紀(1660)の天文書(ハルモニア・マクロコスミカ)の解説付きの復刻で、縦長大判の豪華本。Taschenの出版物だったので、重い思いをして運ぶよりも、日本からアマゾンで買った方が楽だと気がついて、メモをとっておいた。今日、ついに入手。1万3千円弱だった(日本で岩波辺りから出したとしたら、3-4万はかかりそうですね)。

芸術と宗教と科学が手を携えて一つの美的世界を作り上げることが可能であった、ルネサンス最後の残照(なのだろうと思う)。


  1. 2007/09/27(木) 00:22:53|
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「さよなら、サイレント・ネイビー」(伊東乾・集英社)その1

「さよなら、サイレント・ネイビー」(伊東乾著、確か集英社)読了。
寝床の中でも、色々な思いが交錯して、なかなか短時間にこの本の感想はまとめられない。

この著者は東大物理で豊田被告と同級生で、学部学生の頃には一緒に教科の実験(ただし、専攻は純粋理論物理学=素粒子論)をしたり研究室でも親しい仲だったそうである。豊田氏の関西人らしいボケを懐かしむところで、私は泣きました。

唐突だが、シュタイナー研究の高橋巖先生が昔提示したオカルト文化(神殿文化)のテーゼによれば、人類の未来のためには、「宗教と科学と芸術の統合」という理想が実現されなければならないそうである。私は、このことは、昔から気になっていて、折りに触れ考えようとするのだが、勉強不足が否めない。宗教と芸術は日本でも縄文時代からなかよしだが、科学と芸術のつきあいは未だ始まったばかりで、まして、宗教と科学は、ある意味水と油なのである。

この著者は、その意味で言うと、芸術と科学の統合を実現する可能性を持つ稀な人材である。つまり、東大物理博士課程中退の経歴をもつ現代音楽の作曲家で、その分野で様々な受賞歴もあるそうだ。

一方の豊田被告は、単身、水と油の宗教と科学の統合に乗り出してしまったのかも知れない。それだけの野心を持つ資格が十分にある、やはり稀な素質を持った人材だったと考えて間違いない。それを考えるにつけ、私には豊田君(今や他人と思えなくなってきたのでそう書こう)が不憫でならない。彼が、戦後日本のディープなカルマを一身に背負ったような麻原と言う男と出会いさえしなければ。

もう一つ、豊田君に友情を保ち続ける著者は、豊田君が追求しようとした宗教や神秘への感受性を否定していない点が重要だ。私は知らなかったが、東大教養の見田教授のゼミでは、野口整体の活元運動を学生たちに指導していたそうだ。そのゼミを著者は受けていて、ある種の密教的な身体技法(それらが顕教化したのが現代という時代の特徴である)が人間の宗教観に与える影響力・重要性は十分に認識しているらしい。

いずれにせよ、科学の構成は未だに基本的には機械論であり、一方の宗教は目的論であって、両者の間に横たわる深い深淵の上に橋を架ける作業は命がけであろう。科学の涯に「原理」を超えたものを見つけようとしていた修士課程の豊田君の野望は、わずか数年の間に麻原に使い捨てにされるべきようなものではなく、生涯をかけて追求すべきものであった。彼が死刑にならなければ、彼に残された一種の菩薩行として、それを考え抜くことも可能になるかも知れないのだが。





  1. 2006/12/04(月) 19:19:11|
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オカルト爆弾

藤原新也「黄泉の犬」読了。
初稿は基本的に10年前に書かれたらしいが、著者の感慨に変化はないのであろう。

日本人は、原子爆弾の洗礼を受けた唯一の民族(注1)で、言うなれば、現代科学の負の側面を、骨身に沁みて知っている。インドやパキスタンの人たちが、自国の核実験成功を子どものように喜んでいるニュースを見るにつけ、世界の中での被爆体験の唯一性と孤独性を痛感するのだ。

オカルト、精神世界、最近の言葉で言うところのスピリチュアルに分類される智慧が、科学と同じように、正しく行使されれば、何らかの実際的な効果をもたらすことを実感している人は、少なくないし、きっと増え続けているに違いない。しかし、正しいオカルト書(変な言い方ですが)、例えば、シュタイナーの「いかにして超感覚世界の認識を獲得するか」などにも記述されているように、霊性開発には危険も伴う。才能がある人ほど、危険も大きいのだろう。

オウム真理教事件は、色々な意味で、戦後最大の犯罪事件というとらえ方が出来るのだろうが、「黄泉の犬」を読みつつ思ったのは、この事件は、日本人にとって、「精神世界」の原爆体験みたいなものだったのかも知れないと云うことだった。アメリカによる原爆投下によって、科学の負の側面を嫌と云うほど味あわされたように、オウム事件によって、「精神世界」の負の側面が、強烈に実体化した、と思う。もちろん、「黄泉の犬」に、こういうことが書かれているわけではありませんが。

つまり、オウム真理教も、その前身の「神仙の会」の頃は、麻原も教祖じみた人格ではなく、グループもまじめな瞑想集団だったらしいことを、考えざるを得ないからである。

「黄泉の犬」の主要部分は、「若きインディー・ジョーンズの冒険」(注2)みたいなもので、今まで書かれなかったインドでの若き日の体験がつづられている。掃除人夫として初期のインド瞑想ビジネスを目撃した話等、すごく面白い。私は、「ゴリラが消える」の章で、泣けました。

(注1)きちんと調べていないのですが、戦前・戦時中に母国から日本まで強制連行され、強制労働を強いられた韓国・朝鮮・中国等の人たち、捕虜等も、被害にあっているのかも知れません。
(注2)この言い方は、藤原新也には嫌がらせに等しい。ごめんなさい。


  1. 2006/11/03(金) 13:48:48|
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名探偵藤原新也

昨日、藤原新也「黄泉の犬」を、出張の帰りの夜の電車のなかで読み始める。

オウム真理教事件の麻原教祖は自分と同世代で、確か、彼の方が一つ上だ。
そして、私と同じ年に水俣で生まれたひとりの少女が、胎児性水俣病患者で、つい数年前までは、その名前を覚えていたのに、昨日から思い出そうとして、未だ思い出せない。浪人生の時、土本典昭監督の水俣のドキュメンタリーの連作を岩波ホールで見続けたことがあった。おそらくその頃、その少女が自分と同じ年に日本に生まれたことを知ったはずだ。そして、そのことは、きっと、自分の生き方を少なからず動揺させたに違いない。科学のイデアルな側面の方に強く惹かれ、実用的なことを毛嫌いしてきた「現実逃避的」な傾向も、元を探るとその辺に源があるのかも知れない。

藤原新也は、麻原の郷里、熊本県八代に足を運んで、そこが水俣と不知火海を共有していることに気づく。その後のことは、未だ、ここでは、書かない。しかし、オウム事件の真実に関わるこのように重要なことを、今の今まで、どうやら誰一人として公には問題にしなかったというのは、考えてみれば不可解なことだ。


  1. 2006/11/02(木) 13:16:48|
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三省堂のワナに落ちることー武満徹・本



先日、心うつろなまま、神保町「三省堂」の4階(だったはず)に行く。先週買い逃した「辻惟雄・日本美術の歴史」を買うのが目的だったのだが・・・。心がうつろなときに、このように戦略的に本を積んでおく売り場に立ち寄る私は、深夜、誘蛾灯に吸い寄せられる蛾、あるいは、オツベルの口車に乗せられるゾウのようなもので、疑いを知らぬ幼児のような心理状態にあったとしか、言い様がない。気がつくと、武満本四冊(+日本美術の歴史)を手にして、若い店員の笑顔に送られているのであった。電車の中でも、家でも、吸い寄せられるように読む。ほかの仕事が手に付かない。ともかく、天才というのはいるものだ。人間の世界に降りてきてはいるものの、本当にこの人は人間なのかと思ってしまう。この衝動買いには、伏線があって、最近の日曜美術館(NHK教育テレビ)の回顧フィルムで、武満徹が何か話しているのを見て、強い印象を受けていたのであった。ともかく、映像から伝わってくる人間性からだけでも、名状すべからざる何かを感じてしまった。

考えてみると、武満に限らず、私の青少年時代に存命であった「文化英雄」たちは、今では全く見あたらなくなっってしまったような人間的な魅力を放射する、世界的な才能と人間性の持ち主たちだったようだ。しかし、彼らが担った文化は既に没落したように見える。現在は、新しい文化にとってのincubationt time (抱卵期)であって、当面は苦しい・不毛な時代が続くのだろう。 武満徹の音楽と感性は、戦後日本の没落期の文化が産み落としていった、未来への魔法の卵だったにちがいない。


  1. 2006/06/22(木) 00:20:20|
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「さようなら、私の本よ!」読後ノート番外編補記

作中、椿繁のアンビルド計画(爆弾テロ)の実行犯は、タケシとたけしの二人組であり、coolfrenezieさんの指摘するように、これはタレントのタケシから取っていると考えられることは、大江一家の「誰でもピカソ」出演の件からも信憑性が増してきた。そこで、何故、「タケシ」なのか、で、思いついた事があったので、追記しておく(毒を食らわば、皿までどうぞ?、ということで)。

伊丹氏の自死の理由として、当時隆盛を誇った(というよりは猖獗を極めた?)写真週刊誌(フライデー、フォーカス等)によるスキャンダル記事があったような気がする。「さようなら、」のなかでも、残された者たちが、不当な醜聞に対して憤慨していたと思う。伊丹氏は死んでしまって、もはや抗弁の余地は残されていない。しかし、考えてみると、ビートたけしは、当時、同じような目に遭いながら、講談社「フライデー」編集部に殴り込みをかけて反撃している。伊丹氏とタケシ事件の前後関係は調べないとはっきりしない。しかし、大江氏がこの件をどのように見ていたかは、推測できる。「死ぬくらいだったら、タケシのように殴り込みをかけてくれたほうがよほど良かった。たとえ拘留されても、生きていてくれたほうがよほど良かった」と親友なら思うに違いない。そのような、なにか複雑な共感をタケシに感じていても不思議ではないと思う。

タケシ・たけしの二人組と、作家コギト・建築家ツバキの二人組が徒党を組んで、世界に爆弾を仕掛けに行くと言う構図には、つまり、二重の意味が仕掛けてあって、伊丹・タケシ両監督の二人組が個人に対する言論的権力の暴力(注1)に対してテロ(注2)で対抗すると言う、隠された意味があったのではないだろうか。それが、大江氏による、死んだ友への鎮魂歌であり、偽史としての物語「さようなら、私の本よ!」のB面だったのでは無いだろうか(注3)。

(注1)伊丹氏の件でもフライデー(講談社)だったか。ちなみに、「さようなら、」の出版社も講談社である。

(注2)戦前、梶井基次郎が京都の丸善に文学的「檸檬爆弾」を仕掛けて楽しんだのは有名だが・・・。

(注3)この「二重の意味」のもう一つの方(A面)に関しては、いとうせいこう氏が、裸の王様に出てくる子どものような、「素直な読み」を示しているので、興味のある方はご覧下さい。

http://diary.nttdata.co.jp/diary2005/10/20051031.html

いずれにせよ、私たちの世界は、巨大権力による暴力をお茶の間で見過ごしている毎日という、グロテスクな様相を呈しているのは確かなことであります。ここで眼を開くことはどれだけ苦痛でしょう。しかし、作家の勤めはそこにこそあって、大江氏はそれを忠実に実行しただけなのですが、文学界を含めた世間はそれを理解していない、というのが、現状なのかも知れません。Gモロー美術館にて




  1. 2006/01/21(土) 13:12:44|
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「さようなら、私の本よ!」読後ノート番外編ーたけしの誰でもピカソ

昨晩、食後にテレヴィ(大江風に)のスイッチを入れると、ベルリン陥落(注:第二次世界大戦末期、敗色濃いナチスドイツ首都のソ連軍による侵攻)の記録映像が出てきて、見入ってしまった。ヒトラーの遺言を口頭筆記した女性秘書が存命で、インタビューに答えているのも驚いた。大勢の市民が自殺したことも初めて知った。沖縄で起きたことが、ベルリンでも起きていたのか。兵士の死体の山だけでなく、死につつある兵士、さらに心中した家族の映像も出てきて、普段ならこういう場面は極力見ないようにしているのだが、この場合には見ておかなければいけないような気持ちになったのか、目を背けることが出来なかった。

テレヴィ番組は何事もなかったかのように突然終わり、チャンネルを変えると、古代ギリシャの神像が現れた。「この像をギリシャから略奪してローマに運ぶローマ軍の船が難破し、千八百年(ここは記憶が曖昧)の間、海底に眠っていました。しかし、ギリシャが独立すると、それに応えるかのように、ギリシャ人の漁師の網にかかって、再びギリシャの地に現れたのです。古代ギリシャの神がそれを意図したかのように」。それは大英博物館でもなく、ルーブル美術館でもなく、ギリシャ・アテネの美術館にあることが大事なのです、とギリシャ人の学芸員が強調していた。日本の場合だと、観音像で類似した話があって、こういう出来事には世界共通の普遍性があると思う。

その番組もすぐに終わって、リモコンを操作すると、大江光氏が作曲をしなくなった、というナレーションに被さって、ピアノに向かう光氏の後ろ姿が映し出された。全く予期していなかったので、目が釘付けになってしまう。初めはNHKのドキュメンタリーかと思ったが、大江健三郎と光氏、さらに大江氏夫人もバラエティー風の画面に並んでいるではないか。「たけしの誰でもピカソ」であることが分かって、驚く。「さようなら、私の本よ!」のワン・シーンでもおかしくないようなシュールな映像だ。光氏が作曲法を学び直して、作曲がしばらく出来なくなったこと。その後に、「70歳になったソナチネ」を作曲し、その披露の演奏会のシーンになった。演奏の始まる前に、作曲者光氏が訥々と曲の紹介を行うのだが、それは紛れもなく、「言葉の専門家」である父の子であることを明かすかのような、密度の濃い日本語だった。「父は70歳になりました。そして父は元気がありません。父には、元気になってもらいたい」。大江健三郎氏同様、真心から出た言葉におかしみがあるのは、そこに知性があるからだろう。聴衆も、テレヴィで見ている私も、思わず、笑ってしまう。再びスタジオに戻り、渡辺満里奈の司会で番組が進行する。

健三郎:私も三年くらい、何も書かないで、毎日小説ばかり読んでいることがあるのです。全く(光と)同じです。
満里奈:(夫人に向かって)そういうとき普通なら、本なんかばかり読んでいないで(少しは働いて)とか、言ってしまいますよね(さすが理解のある奥さんですねと言う気持ち)。
健三郎:(すかさず)本なんかっておっしゃいますけど・・・
ここでスタジオ爆笑。番組の性格を良く理解しているというか、抜群の「つっこみ」のセンスを発揮したノーベル賞作家だった。その後、スタジオで「70歳になったソナチネ」の演奏が行われた。優しい古典的な響きの音楽なのだが、その終わり方に独創的な美しさが現れる。たけしが大江氏を「リスペクト」している様子がありありと感じられたが、スタジオ全体が不思議な浄福感に包まれているかのようでもあった。何よりも、画面の真ん中で緊張して背中を丸めている光氏の存在感が大きく、身も蓋もない言い方だが、人間の天使性が顕わになる瞬間が、普段は猥雑きわまりない日本のお茶の間のテレヴィに出現していた、希有な時間だった。たけしもテレヴィの仕事を続けていてつくづく良かったと思ったに違いない。

さて、「さようなら、私の本よ」に戻る。
「さようなら、」は、不可解な自死を遂げた親友・伊丹十三への物語によるレクイエム(鎮魂歌)の試みでもある。椿繁は、優れて伊丹的なキャラクターであり、作中、深夜、死者たちと対話する作家は、物語のなかでもう一度彼とともに冒険することを試みたのではないだろうか。彼が生きていたら、と言う思いがこの本を書かせたもっとも大きな動機であったという印象を受ける。もちろん、作中、伊丹監督自身も故人として繰り返し言及され、キャラクターとしては独立しているわけだが、小説手法として、彼の分身とも言える椿繁を創造したわけで、この点は、「新潮」のインタビューでも触れられていたように思った。

伊丹氏以外の死者としては、三島由紀夫が重要な登場人物であり、三島に関しては特に、作家の回想・実際の事件と物語自体の間に明確な線を引くことが出来ない仕掛けになっている。たとえば、三島の才能が(児戯に等しい)政治活動に浪費されることを危惧した澁澤龍彦(注:作中ではタツオさん)とその一派が計画したという「ミシマ=フォン・ゾーン計画」なるものも、仮に「知的レヴェルの高い夕刊紙」が存在したとしたら、トップ記事になりそうなリアリティーがある。要は、ミシマをオスカー・ワイルドの境遇において、牢獄で文学に専念してもらうために、彼をはめる計画なのだが、本気でこれを考えていたグループが存在したとしても決しておかしくないと思わされる一方で、とてもうまくできた嘘の感も否めない。もう一つ、「セブンティーン」の発表の直後に三島から届いたという親書の話。こちらは、このような話で嘘は書けないと思わされ、昭和偽史としての面白さは三島関連できわだっている。

伊丹氏の自死には色々な原因が取りざたされていて、映画のための取材で対立した「右翼・或いは暴力団」に繰り返し脅迫を受けていたため、自殺ではなく他殺ではないかという見方もあるらしい。その死の前に、伊丹と同様に国際的に映画作家として評価され始めていたたけしがカンヌ(だったと思う)で受賞したと記憶している。ロサンゼルスに事務所を構え、俳優としても国際派として活躍した伊丹氏は、人一倍海外での評価を求めていただろう。たけしの受賞には強い敗北感を感じたのではないだろうか。大江氏がそのたけしの番組に出演することも、伊丹への鎮魂の行為であったかも知れない。

番組中、大江氏は、さりげなくだったが、重要なことを述べている。
「私は、本棚をこれから読む本で一杯にしておくのです。以前は、T.S.エリオットでしたが、今は、(ミルチャ)エリアーデを読んでいます」

大江氏は、作中、繰り返し、自分と友人を老人と呼んでいたが、番組で観た大江氏には、何故か老人と言う印象が全く無かった。それは、昔YMOが着ていた人民服をモダーンにしたような面白い服を着ていたせいだけでもなく、氏の精神的な若さが肉体にもあふれ出ていたからだと思う。「魂」を常に問題にしていた氏であったが、若き日にサルトル(子どものための注:フランスの現代哲学者)を背景に作家として出発した氏が、エリアーデのようなインドで修業した霊性の大家を読んでいることをあからさまに口にしたことには、メッセージ性がある。やはり時代は変わってきていると思うし、何よりも、これからの氏の作がとても楽しみになってきた。


  1. 2006/01/21(土) 09:19:50|
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