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袖擦り合うも他生の縁 人智学原理主義者の独白

ice tea2

写真は、先週コロラドで昼飯時に頼んだアイスティ。

菅原浩氏のブログ「美しさの中を歩め spirit soul & body」をリンクに加えた。既にこのブログ上では、私は人智学徒(シュタイナーの思想を学ぶヒト)としてカミングアウトしてしまっていたが、最近まで、なかなか氏のブログをリンクする肝が据わらなかった。このブログ(イデアリストK)も、昨年10月に書き始めた頃には、このような展開になるとは予想もしてなかったわけで、実に面白い。

菅原さんの今日のブログにシュタイナー「いかにして前世を認識するか」が取り上げられていた。私も数カ月前に買って持っていたし、確か読了していたはずだったので、本棚から探し出してみる。早速開いたページに面白いことが書いてあった。しかし、その部分の記憶がない。読み終えていなかったのだろうか。

「袖擦り合うも他生の縁」ー偶然すれ違う人でさえ、前世で出会ったことのある人。こういうフレーズを日常的に使う日本人には、実は、シュタイナーの思想はなじみやすいはずだが、実際には、没後80年経った今でも、自分が人智学徒であると社会的に公言する人は少ないだろう。たとえば、シュタイナー・シンパとして知られる数学者の丹羽敏雄氏(津田塾大・放送大学教授)も、私の知る限り、シュタイナーの霊性思想に関しては、発言はされていないようである。

シュタイナーが自ら言うように、人智学の最重要部分は「輪廻転生とカルマ」の思想である。これを聞くだけで、「引いて」しまう人が多いに違いない。

しかし、人が何かを信じるとは、いったいどういうことだろうか?

不勉強な私は、最近、確率論で「ベイズの定理」に関わる面白い例を知った。ここでは詳しく紹介しないが(いつか詳しく書いてみたい)、ベイズ確率による計算では、人が何かを真であると信じる確率が、その命題を支持する事象の存在を知ることで、劇的に変化(逆転)してしまう(場合がある)。ネガティブな例では、オーム真理教事件があるかも知れない。全くの推測ではあるが、麻原教祖は、確かに信者を超感覚的な体験をするところまで連れて行く力を持っていたのではないだろうか。犯罪事件に関わった信者たちは、その(霊性体験としてはあくまでも部分的な)経験をもって、教祖の主張をー全てー真であると受け取るようになってしまったのだろう。

上の例はネガティブな場合だったが、私の場合は、学生時代の「野口整体」体験から入っており、シュタイナーの主張するエーテル体(簡単に言えば「気の身体」)の存在は、リアルだった。ベイズ確率の計算にあったように、貧しいながらも自分のエーテル体経験が大きな要因となって、シュタイナーの思想に強烈なリアリティーを見たと思う。「気」の経験に引き込まれ、しかし、それを説明する言葉を自分の学ぶ科学の世界に見いだせなかった私には、シュタイナーとの出会いは、運命的にも思えた。

シュタイナーの講演録「いかにして前世を認識するか」に戻ろう。私が開いたページに描いてあったことは、「人は、自らが一番必要としているものに対してもっとも激しい反発を感じる」ということで、「輪廻転生とカルマ」に関する問題が、まさにそれである、というのであった。
人智学では、もちろん、人間以外の霊的な(物質的身体を持たない)存在(神、天使、神仏、菩薩、その他、呼び方は文化により異なるだろう)の地球・宇宙における働きを認識・詳述しており、壮大な「霊的進化論」がその骨子をなしている。その中で、霊的進化途上の人間は、宇宙における独自の・かつてのどのような天使的存在にも無かった新しい使命をもっている。しかし、宇宙全体での霊的な進化の途上で、その進化から取り残された存在もあり、人間のあるべき進化を思いとどまらせたいと強く望んでいて、その方向でさまざまな働きかけを人間に対して行っているというのである。それらが、ルシファー、アーリマンと呼ばれる。上述の激しい反発には、ルシファーなる存在の働きかけが強く働いている、というのである。

このようなことを書くと、友達を失う羽目になる可能性が高い。

「Kさん、もうダメなんじゃないか」とか。「新興宗教にはまったようだ」とか。そこで、一言弁明させてもらえば、シュタイナーの新しい点は、「全て」を自覚の上で、その仕事を進めたということであろう。「全て」の中には、当時の(それは現代でも同断だが)左翼系セクトのドグマに毒された姿も含まれていると思う。高橋巖先生もその辺は、実に注意深く自覚的な態度を取られていたと感じる。イデオロギー的、教条主義的なあり方は、全く人智学とは相反するものである。なぜなら、人智学が明らかにする人間進化の目標とは、人類が、霊的進化の果てに、いまだかつて宇宙に存在したことの無い、「自由の霊」として生まれ変わることなのだから。(これじゃ、弁明どころか、さらに墓穴を深く掘ってる?!)

(補足)
科学は、物質に関する限り、「かなり良い線行っている」。特に、20世紀前半に量子力学が出現したために、我々の物質理解は、首尾一貫していて、見通しがよく、しかも、数学的な予測性を備えたものになっている。「原子爆弾の威力」を目の当たりにした日本人には、科学の有効性(こちらは相対性理論の成果だが)を疑うわけことは不可能であろう。しかし、同じように、現代ヨーガやreikiなどを実践して、それらがプラーナや宇宙エネルギーと呼ぶものを経験したり、あるいは、チャクラの存在を実感したりするようになると、科学が見逃している世界が存在することを考えざるを得なくなってくる。そういう人は確実に増えているし、公にカミングアウトしなくても、まじめに探求している人は多く、今後、日本の「表の」文化状況も変化する可能性は大いにあると思う。現代日本の病理的症状が、それを求めているようにも思える。

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  1. 2006/07/09(日) 11:52:57|
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「死後の世界」を書く予定だったが、息切れして、「荒川静香は菩薩である」

ここ二週間ばかり、週末も含めて余裕がなく、ブログの更新も滞ってしまう。
特に、接待とか、人と会ってへヴィーな話をするとかが重なったせいもある。
義理で出たコンパなどというのもあった。しかも、酒が飲めない(帰宅時にどうしても車に乗るので)のであるから、面白くないのは当然か。

そうそう、トリノ五輪のせいもあるね。
荒川静香のフィギュアスケートは「天女様の舞い」としか言い様が無く、なにか神々しいものさえ感じさせて、素晴らしかった。ハーフパイプとか、スノーボード大回転とか、エニックス・スクエアのゲームの世界に出てくるキャラクターにこそふさわしいような、おじさんにはついていけないスピードと反重力的世界観の競技を毎晩のように見ていたので、余計にその印象が強かったのかも知れない。小泉首相が例によって、わざわざ電話をかけて荒川選手の金メダル受賞を祝福していた。小泉氏には首相としての善意と義務感はもちろんあるのだろうが、もう一方で、国民への自己宣伝に利用するという面も当然ある。そういう何か不純(小泉不純一郎)なものも、高貴なる荒川選手の精神は、自然に受け流してしまっていた。もう一人、村主選手の演技もすぐりていましたね。安藤選手は少し自分を見失っている感じかな。

大人の相手は疲れる。下手なだじゃれを言うから、ではなくて、一昔前の青春ドラマ等で、「大人なんて、みんな不純だわ!」とヒロインにほとんど理由もなく忌み嫌われていた例の「大人」である。青春ドラマのヒロインの直観は正しく、世の中には、「俗世間の王」みたいな大人がいて、そういう人としばらく一緒にいただけで、何か自分が汚れてしまったような気にさえなるものである。そういう人物は、単純に悪人には見えないので難しい。ただ、「俗世間で如何にうまくやるか」だけが、そういう大人の価値観のすべてあることがだんだんわかってくる。出来るだけ関わらないほうが良いが、仕事と割り切って付き合うほか無い場合もある。

今日は、午後遅い昼食を摂ってから、軽く昼寝のつもりで横になったのに、目が覚めたらすっかり日が暮れていた。やはりいろいろな意味で体が睡眠を求めていたらしい。シュタイナー言うところの、マクロコスモスでの充電が必要だったらしい。そういうことで、何か大事なことを書くつもりだったが、この辺でやめておきます。


  1. 2006/02/25(土) 22:44:45|
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