FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

新しい力:リアリズムの生活

今朝は、虎(かライオン)が家の中に押し入ってこようとする夢で目が覚めた。家(実生活の家とは間取りも作りも違って、昔風の木造らしい)の一部が弱いので、そこからすごい力で押し入ってこようとして、木製の雨戸(らしい)がたわみ始めたので、裏口から娘と脱出して車に乗り込んで逃げ出すのであった。このところ、こういう危機的な状況の夢を見続けている。

昨日は、何かに追いかけられる夢だったが、忘れてしまった。夢の中の家というのは、自分の精神らしいので、これは、新しい何かが自分の中に入り込もうとしていることを示しているのかも知れない。何週間か以前にも、青白い大男が部屋に入ってくる夢を見ているようだ(この日記に書いている)。身体的にも、花粉症による不快感だけではなく、いわゆるエネルギー的な流れの強い感じが出てきていて、要するに、自分の中に何か新しい力が加わって来ていることを逃げないで・認めよ!という意味だろうか。生活の上でも、今までの狭められた学問の枠組みを取り払う時が来たと自覚して、その方向で自分なりの努力を始めた。すべては連動しているはずなのだ。そういう意味で、研究と勉強以外のことへの時間が気持ちの上でなかなか取れなくなった。

先日五十二歳になり、家内の誕生日も近いので、経費節約で一括して、ショートケーキを買ってきて食べた。今年も生活は大変で、高騰した石油を節約して、家の中でもダウンジャケットを着たりして寒さをしのいだが、ようやく春になり、助かる。今年の冬のように石油を買うことが少なかった冬もない。何とかなるものだ。ガソリンも一時値下げだが、もっと安くしてほしい。何より、税金全般を安くしてほしい(年金問題で日本政府がぼったくりの店のようなものだ・いやそれ以下だということがよく判ったので)というのが切実な気持ちだ。

スポンサーサイト

  1. 2008/04/05(土) 11:44:16|
  2. オルタナティブな身体|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

霊気(レイキ)でメタボ対策

先週金曜に、健康診断に行く。血液検査・検便等の結果は未だだが、相変わらず健康だと思う。気になる体脂肪の結果は、体全体の平均値で16%だった。運動していた頃よりも格段に下がった。過去の値は正確には思い出せないが10%近く下がったかも知れない。実はこの一年は時間がなくて、運動(水泳とジム通い)はほとんど出来なかったにもかかわらず! 

もう一つ特筆すべきことは、この一年で10キログラム痩せたのであった。これには色々な理由が考えられる。(1)テナーサックスを始めたこと。(2)運動を止めたこと。(3)霊気を実践するようになったこと。(4)生活が厳しいこと。ちなみにダイエットは全くしていない。一番それらしい理由は、(3)の霊気(レイキ)の効果だと思う。以前も何度か書いているように、レイキの第三段階まで修了して、格段に気の感覚が強まり、チャクラの感覚なども変わってきた。基礎代謝(だと思うのだが)が増えたと思う。リラックスしているときには何か燃焼感とでも言うべきものが、身体の芯、身体の中心軸に沿って感じられる。正確には気の感覚なのだが、これはレイキを学ぶ以前には感じられなかったもの。レイキを習って、第二段階だったかで真っ黒な宿便が出たことは、去年の夏ごろのブログに書いた通りで、やはり、体質も劇的に変化するのかも知れない。

昨日は、土曜は身体を休める習慣になっているせいもあり、涼しかったが、結局意欲に反して何もしなかった。これは子供と町の喫茶店『ミッキー』に昼飯を食べに行ったことが大きい。つまり、こういうことである。

注文したサラダが、大きな水盤みたいな皿の上に山盛りで出てくる。レタス一玉は確実に使いきっていると思う。以前から量が多かったが、今回は圧倒された。家庭的だが、手の込んだサラダ(使われている野菜の種類も豊富、豆腐、ところてん入り)で、しかもこの量は、すごい。700円。ご飯に付いてくるお新香も、並の店なら独立したメニューで出て来る量の数倍はあった。ハンバーグも大きい。残すのは不本意なので、がんばって、ほとんど平らげた。その結果、その後の半日はその消化のために存在したようなものだった。ほとんど動物園のワニの生活。フードファイターか、ギャル曽根か、という気持ちでがんばっていると、常連客と話すマスターの大声が、聞こえてくる。「あのオーダーはこの季節はきついんだ、厨房は40度だよ」。昼間から酔っぱらっているらしい。そのせいで、量が増えたのかも知れない。しかし、内容はいつも通りのレシピで仕上がっていましたよ。

そういうことで、帰宅後すぐ昼寝。目が覚めると夜で、テレビで女子バレー観戦等。日本はすごく個性的なチームで応援しているのだが、ポーランドに勝てない。番組の演出で使われる松田聖子の応援歌は、ジャニーズ系のそれとは違って、意外に違和感が無い。聖子の人徳か。あらためていい声だなあと感心したりする。試合前の演奏で、振り付けも決まるところはさすがだった。

今日は、気持ちを改めて、家の中の整理をがんばる予定。風もあり、涼しく、天気も悪くなさそうだ。しかし、記録的酷暑の日々も終わってしまえば夏が終わったような気持ちになり、少し寂しいかも知れない。


  1. 2007/08/19(日) 09:21:42|
  2. オルタナティブな身体|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

幻想の週末

前々回のレッスンでは、調子が良く、音が出てきたせいか、師匠が珍しく、アメセル(アメリカ製のセルマー)のシルバープレートを吹かせてくれた。私は、昨年12月に買った自分のキャノンボールしか吹いたことがなかったのだが、まず、その軽さに驚いた。そして、音出しの抵抗感のないこと。楽に音が出る。そして、キーの軽いことである。キャノンボールは、キーのスプリングがきついようだ。そして重い。要するに、出来る限り毎日、少しでも時間を作って吹くようにしている私のテナーは、結構、肉体的に負荷が大きいようなのである。立って吹く習慣だったが、昨日あたりから、椅子に座って吹くようになる。昨日も書いたように、疲れがあるのだろう。

疲れと言えば、昨日は、名物の饅頭を家族の人数分×2個買ってきて、自分の分を食べた後、更に、何も考えずに配偶者(どう書くのがよいのか迷う、家内、家人、女房、妻、いずれにせよ、何か照れくさい感じがしませんか)の分まで食べていて、それに全く気がつかなかった。つまり、饅頭を四つ食べたのだが、二個のつもりでいたのであった。やはり、かなり疲れていたのだろう。

個人的な疲れだけではなく、この、強い風の吹きまくる少し光の弱い週末は、何か、特殊な感じもしている。例えば、内田百間の短編のなかに入り込んでしまったような気分か。朝の九時過ぎ、子どもにレイキをしたのだが、そのまま眠り込んで、もう一時近いのに未だ起きない。猫もおとなしく、同じように長時間ベッドで眠ったままである。私はと言えば、昨日の続きで、活元運動が出て、床に転がって、蠢いていたのだった。私は、疲れというか、コリと云うか、そう言うものが溜まると、いつも活元運動が出て助かっているが、今回もそう言う展開になった。そろそろ明日からの旅支度もしよう。


  1. 2007/04/22(日) 13:08:54|
  2. オルタナティブな身体|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

霊気修行者+オタク入門

このように漢字で書くと、戦前の心霊治療みたいでいいですね。
私が習った霊気の先生は、未だ、見たところ30代にしか見えないのですが、高校生の子どもがいるというので、40代になっているのかも知れない。
大正・戦前の「気」の療法の復活を目指しているという。お子さんが赤ん坊の頃、高熱で、このままでは半身不随になると言われ、病院に見放されたことがきっかけとなって、自ら民間療法を研究するようになる。そのなかで、整体を経てreikiをマスターし、お子さんを治療・完治させたそうである。その自信が言葉の端々に感じられた。

最近は、朝早めに起きて、寝床で瞑想し、起きてからセルフヒーリングと発霊法(レイキにおける瞑想法)、それから遠隔ヒーリングをし、朝風呂で仕上げてから、仕事に出かける、というのが日課です。これはフルコースで、全部出来ないこともあり、そのときには、夜に続きを行います。朝風呂がすごく気持ちよい。朝、「命の洗濯」(昔の時代劇などに出てくる台詞)をして、自分を一度真っ白にしてから一日を始める感じで、とてもよい。

ヒーリング音楽のCDをかけ、部屋にアロマオイル(今はラベンダー)を焚きしめて、セルフヒーリングすることを覚えました。一年前には、自分がこんなこと(!)をするようになるとは思ってもいなかったのですが。これも縁というものでしょう。

最近見たDVDでは、「茶の味」(監督:石井克人、佐藤貴広、坂野真弥、土屋アンナ、寺島進、浅野忠信, 手塚理美, 我修院達也)が素晴らしかったです。

「東京ゾンビ」は、最近の日本映画を見慣れない人は見ない方が良いかもしれない。つまり、チープかつ変。ヘタウマ漫画をそのまま映画に移した世界。

子どもが「エヴァ」を全巻見て感心していたので、私も遅ればせながら、オタク入門することにした。第四話まで。もともと、「ナウシカ」の巨神兵のファンだったので、この巨大な人型の何か(なんて呼ぶか忘れました)がアニメ界に出てくる必然性は強く支持してしまう。

仕事の方は、論文を書いています。これは、今までの成果のまとめみたいなものですが、それらの結果を一歩下がった視点からまとめる理論的骨格を与えるつもり。締め切りには間に合わないかも知れないけれど、謝って、勘弁してもらうしかない。


  1. 2006/09/26(火) 13:23:10|
  2. オルタナティブな身体|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

宿便

前にも書いたように、ブログ日記とは、透明なプラスチック製のアパートのような、未来的な、常識を覆した、奇妙なものであり、プライバシーの存在は、微妙だ。そこに、ブロガーの葛藤もあるわけで、ブログ書きに挑戦している人の多くが、ここで矛盾を感じ、脱落して行くか、方針を決めて、プライバシー抜きでやって行くか、それとも、その中間で、うろうろしながら書いて行くわけである。

そこで、いきなり、尾籠(びろう)な話で恐縮であるが、昨日、宿便がでたようだ。今朝も、その続きだったようである。真っ黒な印象の下痢が便器を征服している様は、大げさに言えば、我が目を疑うもので、今までに見たことがなかったと思う。これは、私のreiki(霊気)生活の始まりの歴史の一ページなので、書いておく。ともかく、偶然の一致、ユング言うところのシンクロニシティーが、多くなった。思わぬところで知人と出会ったり。セルフヒーリング・他者ヒーリングの最中に、昇る太陽の印象・映像、天使の羽根の印象(中世的な、とても大きな、鳥の羽で出来たもの)なども、少しづつ、出るようになってきたようだ。腰痛も出た。フラフラにもなった。いわゆる浄化が、色々な意味で、きつい面がある。


  1. 2006/07/21(金) 09:30:05|
  2. オルタナティブな身体|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

気楽の思想





先日、F県の霊的治療家に会いに行って、同行者ともども、手当をしていただいた。その余韻も有り、この週末は、シュタイナーの「いかにして・・・」を読み返した。

正確には、その前に、この週末はその治療家の先生の著書を読んでいて、その著作にも「いかにして・・」が参考文献としてあげられていたのであった。その方は、特に誰かに師事すると言うこともなく、いわば独学で目覚めた人で、私はweb上で知っていたわけだが、その当日の昼まで、実際に会いに行くことになるとは思っていなかった。車を飛ばして、夕方に治療院に着いたのだが、その直前にコンビニのベンチで休んでいると、夕べの田園風景の中で、不思議な安堵感に包まれた感じがした。既に治療が始まっているのでは無いか等と、同行の者と話したりした。詳しいことは、いずれ書くことが出来るかも知れない。一言だけ施療時の印象を述べてみると、神仏の衆生への愛というものは、きっとこのようなものなのではないか、ということだった。現代の日常の中では容易に巡り合えるものではない。唐突だが、昔のインディアンの村などには、こういう長老がいて、共同体の霊的な安定を保証していたのではないだろうか等と思ってしまった。と言っても、別に宗教団体を主催しているわけではなく、自宅の一室が治療所として使われているような、全く質素なものである。謝礼も保険がきかないことを考えれば、普通の病院でかかる治療費と同じか、場合によっては安いくらいなものであった。今思い出してみると、治療院周囲の地形は、丘や森が迫るなだらかな田園で、昔訪れたゲーテアヌム(シュタイナー人智学の総本山のようなもの)のあるスイス・ドルナッハにも共通するものが有るかも知れない。静かな、心安らぐ場所だった。

「いかにして・・」は一気通巻に読み通してみると、極めて劇的な構成になっていることに気付かされる。締めくくりは、ひとつの最終的な解脱を迎えた人間の取る道が二つに別れるという話。自分一人が救われてしまう道もあるが、再度、「共苦」の世界へ帰ってくる道もある。前者は黒い道で、後者が白い道である。白い道とは、世界に一人でも不幸な人がいる限り、この世に戻ってきて、救済のために働くという選択であると言う。シュタイナーの同時代人、宮沢賢治が日本の岩手県で全く同一のことを言っているのは、覚者にとっての真理がひとつであるという証拠なのだろう。

少し旧いが、「ユリイカ2000年5月号」がシュタイナーの特集号で、高橋巖先生も対談している。さっきそれを読み返してみて感じたのは、自分などは、人智学=原理主義者であり、今となっては旧いタイプかも知れないと言うことだった。高橋先生は人智学の「脱神話化」を話題にしている。それは誰でもが考えることであろう。霊的な問題を物質世界の言葉で語ること自体がはらむ困難が、このような問題を後に残すわけだが、当時の四面楚歌の状況下であくまでも論理的な記述に終始した「いかにして・・・」から受ける印象は、一見、命題・定義・定理・系等々の数学的形式性による体系に近いものがある。しかし、このような形式主義こそが物質界を超えたイデア的存在を記述する上で、もっとも適したものであることも事実なのである。そして、このような形式主義的な記述によって破綻を来さず、むしろconsistent(首尾一貫している)であることが、イデア的、有機的実体の特徴でもある。そのような迫力を持って、霊的世界、人間の本来的な霊性を記述した本書は、やはり、人類史に残る名著の一つ。

私にとって、もう一人の大切な思想家・実践者である野口晴哉についての永沢哲氏の労作「野生の哲学ー野口晴哉の生命宇宙」については、書くエネルギーが無くなった。私などが知らなかったことがたくさん書いてあり、あらためて、すごい人だった(二十世紀の偉人だった)のだと再確認したことだけを記しておこう。


  1. 2006/05/28(日) 14:02:41|
  2. オルタナティブな身体|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

エーテル体の体育と肉体の体育

昨日は、K国企業の訪問を受ける。
「プロジェクトX」などでも取り上げられている、日本企業の脅威となっている、飛ぶ鳥を落とす勢いの、例のS社。日本進出の拠点として、六本木に自社ビルを建て、従業員は約30万人。今年上半期、ディスプレイ部門への追加投資が7000億円だそうだ。桁が違う。日本企業は勝てない。日本で開発された新技術が日本では日の目を見ず、商業化はK国企業、と言うパターンがますます多くなるのかも知れない。実は、技術者の1/3は日本人で、今日来たのも日本企業から流出した優秀なエンジニアだった。日本企業の動きの遅さに比べて、ともかく、決断が早い。私自身の発明は多方面に展開できるので、その一端は日本企業だけでなく、成功すれば、K国でも使われることになるかも知れない。日本企業の動きが余りにも遅ければ、われわれとしても、仕方が無い。私自身の場合でも、成果が組織の中で認められ始めたのは最近のことで、発見から既に十年近く経っている。新しいものの価値を探したりする認めたりする意欲が、日本社会の中で、どの程度あるのか、よく分からない面がある。

その中で、私自身は健闘していると言って良いのではないか、と思う。生活もかかっているので、ハングリー面では、誰にも負けないぜ。ハングリーと言えば、亀田vsボウチャン。面白かったね。亀田を見ていると、太平洋戦争にかり出された日本の農村出身の若者とか、あんな顔だったのかな、なんて想像してしまい、何故か泣けてくるのだった。それにしても、メキシコの国歌って、きれいな曲だね。すごく良かった。

テレヴィ番組としていかに演出過剰であっても、リングに上がる人間は救済不可能な孤独の中にあって、それが離れて見ているわれわれにも正確に伝わってくる。目を閉じて真剣に祈っている、リングに上がる前の亀田の姿に、この若者の本質が現れているように思った。

そういうわけで、肉体だけではなく、エーテル体も鍛えようではないか!
って、何云ってるんだか分かりませんね。


  1. 2006/03/09(木) 07:17:46|
  2. オルタナティブな身体|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:5

活元運動復活

そういうわけで、遅い食事の後に、冷えた二階の大部屋で、久しぶりに活元運動をした。
家内のエアロビの練習用に大きな鏡が置いてあり、その中に自分が映り込んだら少し怖いような気分だった。そのせいもあって、完全に虚心にはなれなかったが、久しぶりの割には良く出たかも知れない。これからは、復活させようと思う。

活元の後、床に大の字になったまま、最近の自分はあまりにも頭でっかちで、少しバランスが崩れていたと思った。動物的な、意識を拡散させた在り方を、忘れていたと思った。
書きたいことはいくらでもあるけれど、明日もあるので、もう寝ようと思う。


  1. 2005/12/13(火) 00:21:09|
  2. オルタナティブな身体|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
07月 « 2018年08月 » 09月
S M T W T F S
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

Search

Profile

idealistk

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。